Road to Roraima #10 このオトコ

FBにシリーズこのオトコというのを展開したら、ほうぼうからリアクションがあったので、ここにも忘れないように貼っておく。
(ややフィクションです)

その一
この男と今週はスキーに行って立ち飲み酒場で飲んだ。
もうすぐ4月になってしまうが、ベネズエラのLost Worldの写真を見返しメモをたまにまとめている。今日はロライマを初めて歩いた日を振り返った。この男はやはり面白いムーブをしていたな、と。

日本から全行程の衣類や道具を持っての旅。当然ロライマ山のトレッキングに限っては、いらないものが出てくる。それはガイドブックだったり、文庫本だったり、着替えだったり、暇つぶしの道具だったり、サブザックだったり。
どうせガイド会社を使うんだし、そこに戻ってくるんだし、そこで受け取れるからいろいろと預けてしまおうと、山では必要でないものを前日にまとめてサブザックに詰めた。しかしこの男は面倒くさいので全部持ってちゃいます、と言う。普段から効率性ばかり求めているのにそれは違くねーか?と思いながら、自分のことじゃないし放置することにした。

歩き始めて小一時間。「バックパックが超重いっす」「久しぶりだからかな」「重くて大変」とクレーム満載・・・・・え、だってあなたは俺より5kgくらい余計な荷物ばかり持っているじゃん・・・・なぜに置いてこない!

Go Proのバッテリーが無くなりそうになって、しまったミニUSBケーブルをサブザックに入れて預けてしまった!と言うと「たぶんありますよ!」と得意げ。さすが余計にいろいろ持っているだけある、と感心したら「マイクロUSBなら二本あるんですけど、ミニはありませんでした」と使えない答え。しかもなぜかマイクロを二本、余計・・・
歩く度に「なんでこんなに重いのかなー」と独り言ばかり。いや、だからそれは・・・。
ガイドブックも軽量化しようねと出発前に打ち合わせして、俺が「地球の歩き方」、この男は「フットプリント(イギリス・英語版)」と決めていたのに、なぜか二冊持参。「いやー、なんとなく」とか言う。もちろんギアナ高地の役立つ情報なんてほぼないので、自分は下界に置いてきているのだが、もれなく二冊ともバックパックに入れて山に持ってきている。

途中の川でブヨに刺された。気が付くとすでに数十箇所刺されていて痒くてしかたない。この男はブヨにアレルギーがあるのか、ひどく弱っていた。自分はたまらなくなって途中で虫除けスプレーをしたが、この男スプレーをしない。ほぼなんでも持っているので、もちろん虫除けも持参している。「肌が弱くてすぐかぶれちゃうんです、困った」と言うので、なぜ塗らないのかと聞くと「いや、面倒くさくって・・・・」「しかもザックの下の方に入れちゃったんですよね・・・」と言うではないか。ま、U字ジッパーですぐに開けられて取り出せるバルトロなので、取ればいいとも思うんだけどネ。

とにかく「効率性」というのがこの男の格言だと思っているのだが、どのへんがそうなんだろう、と一連の行動を見ていると不思議で仕方なく、かつやっぱり面白いのだった。

写真:ドボンしそうだなーとカメラを構えていたら見事期待に応えてくれたこの男。靴の中敷きの下に隠していた100ドル紙幣は見事に濡れ、乾かしている間に紛失した模様・・・w

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その二
数カ月前から計画し、何年も前から夢見ていた憧れの場所への遠征なんだから、道具はできるだけ最新のものを持って行き、いくつか新調したいところ。

しかし真逆の考えを持つこのオトコ。一番古い道具を持ってきている。穴のあきまくった靴下とヨレヨレのTシャツ。壊れかけたアウトドア時計。「貧相に見えるから強盗にあいにくいし、行く先々で捨てれる」からだという。たしかにトレッキング後にこちらが臭くなったウェアを洗ったりビニールに入れたりしているのを横目にポイッと捨てまくりどんどん身軽になっていく。羨ましくもあり、合理的にも感じる。

ただし「絵的」にはかなりいけてない。せっかくこんなに景色がいいのに。「絵的」に遠征感も出にくい。キマってなさすぎる。おまけに靴下が古すぎるのか川の渡渉後マメもできていた様子(笑)

ロライマ初日。ここで ‪#‎心折れ部‬ Tシャツはねーだろ。と激しく思ったことを写真を見て思い出した朝。

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その三
最近よく一緒にフィールドに行き、今回ベネズエラまで共に行くことになった8歳も年下のこのオトコ、かなりユニークである。一部を共有してみよう。

01
「ベネズエラだと年間1万5千人も殺されるんですよ!やばすぎます」といろんな危険情報をコピーしてきた紙を飛行機内で見せてくれ、こちらの不安を超煽る。「Google の画像検索がマジでヤバいっす!」え、飛行機で言われてもすでに引き返せないんすけど…予想外に心配性。「すなわち毎日40人です」計算も早い。そこまであぶねーと思ったら行くのをやめるっていう提案もできたのでは?「喉元まで出かかったんですが」曖昧な性格か?w

02
「危ないから8ヶ所に現金分散させました!」一見いい加減なのに実は細かい。
しかし靴に隠した2つは川の渡渉で濡れてしまい…最終日にホテルで「どうしても2つくらいどこに隠したかわからなくって出てきません」と2-300ドル紛失が発覚。ネタか?これネタなのか?

03
「トランジットが間に合わない〜。」2時間もあるから余裕だろうよ、と言っているのに焦って違う飛行機へと消えていった。(帰りの便は別だった)やはり心配性。そしてあんなに急いで完璧だったのにその後の飛行機がキャンセルとなり、彼だけロンドンを経由することとなる。俺より15時間遅れ日本に無事着くも、ロストバゲッジのオチ付き。間違いなく何かを「持っている」
2年前のアコンカグアでヘリを飛ばしちゃったのも同一人物である。
そんなわけでかなり一緒にいたのに、さようならと言えていない。

写真。
最高紙幣の100ボリバルの束でしばいて欲しいとお願いされた。日本だと500万円の束(現地では9000円の価値しかないが)。最初は静止画を撮っていたのだが、リアル感が出ませんね、と何度もやり直しを命じられ、本気で叩かされた。リアル感、出ましたかね?
こうして思い返してみたが公に書けないことばかりでイマイチ共有できなかった。これ以上は飲みの席で・・・
大変楽しい珍道中の旅でございました。

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海外オトコふたり旅、なんていうのはおそらく初めての経験で。
きっと道中で飽きるんじゃないか、険悪になったりもするのだろうか、そんなことを思っていたのだけれど。センパイとして彼は気を使ってくれていたのかもしれないが、二週間一緒にいて退屈することもなく、適度で快適な距離感だった。テントはもちろん別だったけれど、あえての相部屋もまったく気にならなく非常に楽ちんだった。お互い自由と個人を適当に尊重する間柄だったからかもしれないし、彼がただたんに類まれなユニークなキャラだからなのかもしれない。

テラのブログにもこの旅の顛末が詳しく記載
teratown.com

Road to Roraima #09 帰路につく

14:30にサンタエレナに戻ってきた。
順調に事が運んで余った一日を何に使おう? グランサバナか、ブラジル往復か、あれこれ。
ただ、カラカスは遥か彼方。クリスマスであれだけ機能不全だった国内交通網を考えると、年末年始も危ないのではと思い出来るだけ移動しておこうとなった。なんとか夜行バスの席をゲットし、まずはシウダーボリバールへ。この13時間のバスがすし詰めのローカルバスで地獄のような苦行。体が疲れていて必然的に眠れたってことが幸いしたが・・・・

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ボリーバルからは乗り合いタクシーでプエルトラクルスへ。海沿いのリゾートを想像していたらガソリンで汚染されているらしく海は入れなかった。ただ、賑やかで陽気な街だった。ここで年越しとなった。相変わらず街は危険なのでホテルからは出られず、0:00の花火を窓から見るだけとなった。

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元日はホテル出発のカリブの島々を巡るボートツアーに参加。なんとお昼ごはん付きで800円。こっちはまるでリゾートななかなかキレイな海だった。
エルファロ島にアラポ島、イルカの並走付きのいい一日となった。

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カリブ海に日が沈む。今日もSorelaビールとピザで〆る。これにて終了ベネズエラ。
ギアナ高地に4日間。そのためにかけた往復の交通が9日間。なんとも遠かったけれど、時間をかけてくる価値は間違いなくあった。

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Road to Roraima #08 さよならギアナ高地

雨は夜中には止み、変わって激しい風となった。
何度かテントを支えていたペグが抜け、外に出て張りなおした。
3:30にまた外に出ると、そこは満点の星空だった。
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凛々しいクケナン大地とさっきまで頂上に立っていたロライマが星空の中に黒く居座り圧倒的な存在感をだしていた。白い雲が激しく動く。

そのまま眠ることなく夜明けを待った。空が徐々に明るくなっていく。赤い朝焼けは見られなかったけれど、それでも神々しい景色だった。5:00には絶対出ようと決めていたのに、あまりにも美しく出発は30分以上遅れた。出発しても名残惜しく後ろを振り返っては何枚も何枚も写真を撮った。「ガイドからしたら、こいつらこんなに同じ写真ばっかり撮ってアホか?」状態だったに違いない。数日ぶりに完全に晴れた日。今ロライマの上の大地にいる人々が羨ましかった。

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それでも、雲一つない空ではなく厚い雲がクケナンとロライマの合間から絶え間なく排出されていく。やはりテプイの上部には常に気流が渦巻いているのであった。

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テプイに水の保水機能がないというのは以前書いた通り、昨日山の上で振り続けていた豪雨は直接下流に流れ、来るときはくるぶしの深さしかなかったクケナン川は昨日は船で渡る必要が有るほど増水していたらしい。雨がやんだ今日は腿くらいの深さに落ち着いていた。

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写真を撮るために停まってばかりいるせいか、一向にスピードが出なく1st campに着いたのは8:30。そのままほぼ平らな大地を歩いて11:30にトレイルヘッドへ。

テラと地元のビールで祝杯を上げた。
天候がはずれ雨にやられ悔いが残る山行ではあったけれど、それが自然であり、それが時間やタイミングであり、今ここにいれること、来れたことが幸せである。10年以上来てみたかった場所。変わらず旅に出られて、変わらず小さな夢を実現できていることが嬉しいなあと思うのだった。

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Road to Roraima #07 待つ、そして待つ

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夕方から降り続いた雨は、こちらの希望も虚しく降り止むこともなく一層激しく降り続いていた。トリプルポイントへ行きたいがため4:30に起きるがとてもじゃないが出発できる天候ではない。6:00に朝食。隣のテントの寺が来て、お茶をしながら晴天を祈る。テーブルマウンテン上部の大地の隙間という隙間が見る見るうちに埋まっていき、ただの水たまりが池のようになってしまった。走れば2−3時間で着くのではないかと思っていたトリプルポイントもこの水浸しでは厳しいだろう。岩から岩へルートを見ながらジャンプして進まければいけない。さて、行くべきかどうか。そんなことを考えながらも時間は刻一刻と過ぎていき、そして雨はやむ気配が全く無かった。

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横殴りの雨にガスが流れる。12:00まで待っても状況は変わらなかったので残念ながら諦めることとする。14:30、雨の中出発した。来るときに登った滝は濁流のように流れており、道という道が川になっていた。17:00前に無事ベースキャンプに到着。そこでようやく雨が収まってきた。なんとも無情である。

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年末の本格的なホリデーシーズンに入ったのか、とにかくすごい人だった。朝焼けに期待して、早々に寝についた。

Road to Roraima #06 そしてロライマへ

トリプルポイント(3カ国の国境国境)へ行くから早く出ようなと、今日も4:30起床。3:00から激しい雨が降っていた。乾季なので雨はやむだろうとガイドにきくと、止まない雨なので出発するという。6:15、我々は断崖絶壁の壁へと向かいジャングルに入った。遠くから見たらまったく登れる気がしないエルキャピタンのような壁も、急だけれどしっかりとした登山道が作られていた。粘土質なのか、階段はえぐれ、雨で滑りやすくなっていた。激しい滝の下を通ること数回。明らかな落石のあとが無数にあり、足早に進む。とにかく雨が激しく、とくに滝に打たれたのですべてが濡れた。

2時間半後、意外とあっさりとテーブルの上に上がる。とにかく雨が激しく作戦会議。往復8時間かかると言われたトリプルポイントはこの雨だと行けないという。走れば4時間じゃない?などと寺と話すと、「こいつら何言ってやがる」とガイドからは大顰蹙。ひとまずテントをはって様子を見ようとなった。
テーブルの上のキャンプサイトはスペースが限られているらしく、すれ違うポーターたちと情報交換をしていた。サンフランシスコと呼ばれる張り出した岩の下のキャンプサイトに落ち着くことにした。3張りが限度の小さいサイトだったが、雨がほとんどよけれて非常に助かった。濡れたものを乾かし、服を着替え、お茶を沸かして天候の回復を待った。

数時間後、13:00に一時的に青空が見えた。雲の動きはかなり早く、今がチャンスかとこの辺りで最も高いと言われる岩へと上がる。

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ロライマの上に厚い雲が乗っていて、動きも早く流動的。

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それでも2時間は粘っただろうか。完全に晴れ渡り全部が見えた!ついに来た!と我々は歓喜の声を上げた。
まさに、この景色を見に我々はここまでやってきたのだ。このロライマの頂に。

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凛々しい隣のクケナンも。その滝も。そして下の大地も川もすべてが見えた。

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そこから違うビューポイントへと散策し、クリスタルや不思議な植物を見てまわった。それにしても不思議な大地だった。この外界から隔離されたまっ平らな頂上に、独自の植生が発達したのだ。コナン・ドイルが失われた大地で想像力豊に描いたように。
こちらは晴れてたら夜の散歩やさっきのビューポイントでの撮影もステキだろうと想像しながら夕方テントサイトに戻ってきた。。

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日が沈む。先ほどできた水たまりが闇の中に輝いて良い光景だった。

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希望はかなわず、日の入りとともに雨がふりだしたのであった。

Road to Roraima #05 ロライマ・ベースキャンプ

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いつもどおり早起きし、5:00にBackpacker’sへと向かう。ベネズエラに来てから毎朝4:00台に起きている我々は、遊びにおいてはほんと真面目で勤勉である(笑)。帰りの時間などについて一通り揉めて、また疲れてから出発する。ガイドは28歳のヒルベルトと言った。4WDのランドクルーザーに乗ってグランサバナを北へ小一時間ほど戻り、サンイグナシオからオフロードへ。ところどころ道路に亀裂が入っているひどい道だった。
遠くにロライマ・テプイとクケナン・テプイが見えてきてテンションが上がる。

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だいぶ大地をあがったところにサンフランシスコという小さな村があった。数台の四輪駆動車が停まっていてトレッカーもチラホラ。800人が住むというこの村には、ポーターがたくさんいて、彼らは手で編んだようなかごにクロックスもどきのサンダル。大人の男性も女性も、子どもや自転車のポーターもいた。
受付をすませ7:45に出発した。ここに至るまでに日本から100時間、いよいよである。

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広大な大草原の中を進む一本道。ガイドはいい加減で、先に行っててと言ったきり一向にやってこない。遠くに雲に覆われたロライマが見えてテンションが上がる。

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久しぶりの60Lのバックパックが肩にずっしりと食い込む。第一キャンプ場まで3時間半。
キャンプ場は日当たりがよく、ここで日中を過ごすの厳しそうだ。近くの川で一息ついて昨日サンタエレナで買ってきたぶどうパンを食べた。靴下を脱いで裾をまくるとブヨみたいな虫が沢山寄ってくるではないか。チクリと刺すところもまるでブヨ。やっと追いついてきたガイドにきくとプイプイと呼ばれる虫らしく、川の近くに生息するという。あとで気がつくと50箇所は刺されていて、数日間痒みが残った。

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ここから徐々に登っていく。天気も悪く、途中雨に降られカッパとザックカバーをだすが一時的だったみたいだ。
「ダラダラと長い道で退屈だねえ〜」と寺と話す。遠くにロライマは見える、近づいてきているものの山は雲の中で、道も景色も単調だった。
それでもベースキャンプに近づくとテンションが上がった。さっきまで雨を降らしていた雲はなくなり、視界が開けたのだ。

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見晴らしのいい岩の上に座り、眼下の芝のように緑で美しい風景を眺めた。川がテプイの周りを蛇行し、太陽があたったグリーンがなんとも言えない。
Camp1から4時間、まさにロライマ山の壁の真下にベースキャンプはあった。キャンプ場には40人くらいいただろうか。見晴らしがいい場所にテントを張り、川に行水に行ったが、すでに夕方で気温も低く手足を洗っただけで終わった。清流を汲み、ウィスパーライトに火をつけブラックライトで湯を沸かす。マジックアワーがやってきて、ため息しか出ない。

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ロライマ山に陽が当たる。
となりのクケナン・テプイは男らしい黒い岩肌が雲の中。
眼下はすべてグランサバナだった。一面のサバンナの中に川が白く光っていた。

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日が沈むとホタルが現れた。

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Road to Roraima #04 トレイルヘッド・サンタエレナへ

朝5:00、予定通り運転手さんがホテルまで迎えに来てくれる。
立派なジープであった。安定感がかなり違う。カロニー川を渡って旧市街へ。暗いながらもプエルトオルダスが巨大な街ということがわかる。しかも結構近代的。5:30に薄っすらと日が明けてくる。

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Upataの街で朝食。エンパナーダはいわゆるしょっぱいチーズが入っていてあまり美味しくなかった。森の中を通ったり抜けたり。でもずっと寝ててうっすらとしか覚えていない。数々の検問を通過するが一度だけ降ろされてすべての荷物をチェックされた。札束が大量に入っているので、それが見つからないかヒヤヒヤした。途中の街でガソリンスタンドに並ぶ。結構な列だった。なぜか軍隊が見張っていた。ガソリンはセルフではなく入れてもらう形式。しかも10リッターで1.8円。えーっと・・・・これはイランより安いかもしれない。この価格だと精油代や人件費、輸送費は出せず赤字もいいところなのでは?
いまだいたるところにチャベスの写真や絵を見かける。チャベスは好きだけど、今の大統領はダメだとドライバーは言っていた。

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森を抜けてグランサバナと呼ばれる大平原へ。それは東アフリカの広大なサバンナと寸分違わないような広大な平原だった。ここにキリンやサイを放したらいいのに、とさえ思った。カモの滝に寄る。結構ジープツアーみたいな車があって、キャンプしているテントもチラホラ。

車は平均時速120kmでぶっ放す。
大平原といえど、道は下っては登って蛇行する。様々なテプイ(テーブルマウンテン)が左右に見えては消えテンションが上がる。その殆どは霧の中だった。

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13:00、ブラジルとの国境の町サンタエレナ・デ・ウアイレンに到着。いい感じのホテルはほぼ満室で、バックパッカー宿のミッチェルに泊まる。二人で600円。水シャワーしかなくトイレは壊れていて、自分でバケツに汲んでくる感じ。でも、いい感じの宿だった。
ようやくツアー会社のバックパッカーズに到着するも一悶着。日本ですべて手配し、国際送金までしてきたのに、そりゃ話が違うよってことがチラホラと。トイレテントを持参するためにもう2万円払えとか、出発は10時じゃないとダメだとか、帰りも13:00には降りてこいとか、すべて自分たち2人のためにオーガナイズしたプライベートツアーのはずなのだが、融通もきかないし逆ギレ状態。なんとか妥協点を見つけたけれど、だいぶ疲れる交渉だった。それにしてもベネズエラ人は社会主義国だからなのか、商売ッケがなさすぎると思う。ここでは商売の駆け引きや交渉があまりない。いくらだ?「●●ボリだ。」そうか、じゃあいくらでどうだ?「いやダメだ」じゃあ考える、と立ち去り後ろから声がかかるのを待っていてもスルー。おっと・・・あれ?言い値かよっ!昨日のタクシー然り、この街の闇両替商然り、だいぶ不思議。

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国境だけあって賑わう街をうろつき、明日の行動食や朝食とするパンや水などを購入し、夜は中華を食べに行った。どこにでもある中華、ここのはちょっとイマイチな味だった。それにしてもトレイルにたどり着くまで日本を出てから100時間、ギアナ高地は間違いなく遠かった!!

Road to Roraima #03 8時間耐久カラカス空港

朝5:00、ホテルへ頼んでいたタクシーが迎えに来てカラカスの空港へと向かう。
目的はいずれにせよギアナ高地なので、出来る限りその他の場所の滞在は少なくしておきたい。17:30の飛行機は買ってあったのだけれど、午前中の飛行機に乗れ、今日中にトレイルヘッドの街であるサンタエレナに移動できるのが一番良いのだ。どこの旅行者に聞いいても、ネットで見ても17:00前の便は取れなそうだったけれど、カラカスにいてもやることがない。先述したように、危なすぎるからだ。見どころがある旧市街は犯罪の温床で現地に住む人でも近づかない。するとやれることは空港に行ってキャンセル待ちをすることだけなような気がした。別に5:00に行くことはないかもしれないけれど、7:00に行って後悔したくはない、そんな感覚である。

渋滞もなくあっという間に30分くらいで空港についてしまった。料金は5ドル。
空港には行列ができていたが、我々の目指す目的地ではない。しかしシステムが全くわからない。電光掲示板やアナログの掲示板はあるのだが、表示されている内容が異なる。そして後から分かったのだがどちらも間違っている模様。掲示板の通りにカウンターにいってもカウンターはあく気配はない。じつはほとんどの飛行機は昨日から数日間クリスマスでお休みとなっているとの事だった(今日はクリスマスで、昨日はイブ)。ルタカのターミナルとアエロポスタルのターミナルが離れているのだが、一方に列に並んでもらってもう一方がいろいろ探す。そんなことをしながら時間がダラダラと過ぎていった。
長い拳銃を構えた兵隊に絡まれることが数度あった。こちらに寄ってきてスペイン語で問題があるから外に出ろ、と言い寄ってきた。銃を持っているだけにかなり怖い。外に出たらやられてしまうかもと、ごまかしながら断固拒否。するともう2人引き連れて来て、お前らは何をしているんだ、みたいな言いがかりをつけてきてチケットを見せろ、と言われた。幸い夕方のチケットを持っていたので見せると、連行する理由がなくなってしまって諦めてくれたが、連れて行かれた後を想像するとぞっとした。

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空港に長時間いすぎて、並んでいる人が同士のようになってきた。カナダから来たベネズエラに実家があるファミリーは午後の飛行機だというのにカラカスは危ないから行かないで空港で過ごしていると順番で荷物を守っていた。3名のオカマちゃんは我々と目的地が一緒で、お互いにあそこの航空会社が何時に飛びそう、でもダメだった、みたいな感じで仲良くなっていった。
怪しいダフ屋も寄ってきた。手数料を払えばチケットを取ってくれるという。取れるもんなら取ってみてよ、とお任せしたらカウンターの女性にコーヒーを奢って本当に午前のチケットを一枚取ってきた。嘘だろ、と思ったが本当だった。お金で解決できるならしてしまいたい!なぜならサラリーマンなんでタイムイズマネーもいいところである。しかも国内線で500km以上飛ぶのに闇両替パワーで運賃は10ドル、はらう手数料もせいぜい10ドルである。しかし、ダフ屋さんも二枚目がどうしても取れないらしく、午前の飛行機はなくなってしまった。その後も他のカウンターで並んでは敗退し、もうオリジナルの夕方まで飛べないかと思っていた矢先、ダフ屋が2枚チケットを取ってくれ、「あと15分だぞ、急げ!」という展開になった。荷物を預けるも信じがたく。セキュリティーチェックの目の前でダフ屋にチケット代と手数料を払い、飛行機に飛び乗った。
飛行機は14:00に離陸し、カラカスを無事抜けられて事実に胸をなでおろしながら、今日の一連の珍道中がおかしくなってしまった。空港に結局8時間以上いた。そしてキャンセル待ちをする、という今日の行動は結果的に無駄ではなかったのだ。オカマちゃんも同じ飛行機に乗れていたのには笑ってしまった。

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プエルト・オルダスの空港はカラカスよりよっぽど賑やかだった。この国に来て初めてツーリストらしき人々を沢山見た気がする。さっそくバス停に行きサンタエレナ行きのバスを探すことにした。やはりクリスマスだかららしく、すべては閉まっていた。それなら白タクでと交渉して一度は交渉がまとまり100ドルで行ってくれるように思えたのだが、車に乗って出発してから料金でもめ、引き返すことに。社会主義の影響なのか、みんなに商売っけがなく、交渉がうまくまとまらない。今日はガソリンスタンドがすべて閉まっているから明日なら100ドルで行けると言われた。まあ、20ドルケチってもタイムイズマネー理論的には仕方ないのだけれど、最速で進んだとしてもサンタエレナにつくのは午前1:00。検問などがあるグランサバナと呼ばれる道路を走るのは夜中。疲れ果てて明日からハイスピードで歩けるのかはわからない。ここは一呼吸置くのが無難だなと、出発をやめることにした。

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するとバス停にいたアレハンドロという英語を話せる青年が友人を紹介してくれるとなった。彼の友人なら100ドルで快く行ってくれるし、彼の彼女が車でもうすぐ来るから今日のホテルも連れて行ってあげると。いい人の雰囲気が溢れ出ていたのでその提案に乗ることにして、5スターのビニャールホテルに送ってもらった。ホテルはインターコンチネンタルが撤退した後の国営リニューアルホテルらしく、建物は立派、サービスはいまいち、価格は普通なら割高だろうけれど闇パワーで一人18ドルであった。

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ロケーションは最高でオリノコ川の支流のカロニ川の夕焼けとラビョリスタの滝が見えた。川岸まで降りてみると水は生ぬるかった。バーで40円のビールを注文し、川を眺めながら飲む。思えば本当に遠くまで来たものだ。もう日本を出てから3日くらい経つのにまだ目的地に到達できてない。つくづく遠いな、そしてそれが本当におかしいな、と心のなかで笑ってしまった。

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Road to Roraima #番外編 Starman

飛行機に乗ると映画を貪るように見る。ビールもワインも飲むから食っちゃね食っちゃ寝だけれど、起きている間は常に映画を見ている。

ベネズエラへの往復で見た映画は以下

見た映画
エージェント47
オデッセイ
インターン
ブリッジオブスパイ
リッチアンドフラッシュ
ゼログラビティ

なんとなくスペース特集。最近の映画は淡々と、悪く言えばメリハリなく続くのが多いのかもなーというのが全体の感想。特にエンディングがね。この中だとオデッセイが一番良かった。マットデイモンのひた向きに前向きな姿、火星のリアリティ。
昨日ラジオを聞いていたら、最近聞いた洋楽のナンバーで、記憶を辿ると上記のオデッセイだったのだ。デビッドボウイが亡くなり追悼でかかっていた曲だった。曲名はStarman。早速今朝iTunes で買って聞く。

There’s a starman waiting in the sky
He’d like to come and meet us
But he thinks he’d blow our minds
There’s a starman waiting in the sky
He’s told us not to blow it
‘Cause he knows it’s all worthwhile

空でスターマンが待ってるんだ
彼はやって来て 僕らに会いたがってる
だけど 僕らの心を乱すんじゃないかって思ってる
空でスターマンが待ってるんだ
彼は僕らに 心を乱さないようにって言ったよ
彼には僕らに会いに来ることが 価値のあることだと分かっていたから

何度も何度も息子と聞いた。いい曲だなぁ〜

Road to Roraima #02 恐怖シティー・カラカス

Google でベネズエラといれて最初に出る候補が治安(その次は美人と国旗が続く)である。殺人事件は年間1万5千件、国民3000万人に対し出回っている拳銃は1700万丁。特にカラカスと空港が危険レベル2。空港が危険ってどんなギャグだよと思ってしまうんだが、同行するテラが調べまくってきて、飛行機でいろいろ聞かされて不安が伝播した。タクシー乗るとドライバーが銃持ってて襲われることもあるとか、安全と言われてる大使館地区でも人が殺されたりとか、バス停が危なすぎてタクシーも行ってくれないとか。とにかく毎月600件とか殺人事件が起こってるのでテロとか紛争地帯かよって感じ。ファイナンシャルタイムに世界で一番治安が悪い都市と書かれ、友人の協力隊員に帰国命令が出てしまうというひどさっぷり。それでも大丈夫であろうと行くことにしたのだが、ニューヨークの空港でお金をカバンや靴の下などに分散した。

  
そういえば成田のアメリカン航空の職員にも脅され、カラカス行きの飛行機で現地人にも「危ないよ、冗談じゃないんだよ、悪いんだけどさ」と言われたのだった。
そんなわけで2時間遅れで14:00にカラカスに着く頃にはかなりのビビリモード。いざゲートを出るとさっそく制服のおっさんに捕まる。「どこに行きたいんだ?」「プエルトオルダスだよ」と僕。それならこっちだよ、国内線は歩いて5分の外なんだと彼。国際線から国内線の移動の最中にも襲われるとも書かれてたので、そんなに悪人じゃなさそうだし制服着てるし、ついてったほうが安全かもなと思ってついて行くことに。「両替はしたのか?」と彼。それが目的なのかもなと思いながらついて行く。

ベネズエラでは経済が崩壊に向かっていてデフォルト寸前。インフレがひどく闇両替が存在する。公式には1ドル200ボリだが闇では最高800なのだった。

国内線空港に着くとお目当の飛行機はない。クリスマスだから本数が少ないとのことだった。友人が手配してくれたチケットは明日の17:30、時間を効率的に使いたかったのもあったし、カラカスに滞在したくなかったのですぐに移動したかったというのが大きい。

じゃあ夜行バスか。なんにしてもお金が必要なので国際線に戻りいろいろ聞いて700ボリで替えてくれる人を見つけ200ドルほど替えた。

  
制服の人はポーターで、彼らが両替マーケットも担っていた。タクシーはオフィシャルタクシーを前払いで固定レートで払ってから乗るようにとあったのだが、みんなグルになっていて固定レートはない。そこは諦めて9ドルくらい払って新市街の安全なバスターミナル、フラミンゴへと向かった。
ダウンロードしてきたオフライン用のグーグルマップを見ながら進路を確認する。旅のスタイルが変わったよなぁと思う。

空港から町までは30キロ、山を越えるとビルが並ぶカラカスの町へ。斜面に立つ街はカラフルで可愛らしかった。高速道路の上をゴンドラがなぜか通っていたのが印象的。道はスムーズで渋滞もなく40分ほどでバス停に着いた。予想と違ってガラーンとしてて、ゲートも閉まっている。聞くとクリスマスで3日間休みらしい。すなわちこの時点で恐怖のカラカス滞在決定。なんとかガイドブックに載っていた宿まで乗せてもらったのだが、満室だった。タクシーは行ってしまい、でかいバックパックを担いだまま宿を探すことに。久しぶりに焦るぜ。すぐ近くのホテル・アルタミラ(2人で800円)が空いていたので鉄格子の中に入り一安心。オフィスも宿もレストランも鉄格子の中。治安の悪さが容易に想像できる。
  
暗くなる前にと食事に出かける。ヒヤヒヤしながら歩いたけれど、クリスマスイブのセントロの街は女性も子どももいるし、恐怖情報さえインプットされなければいたって平和に感じた。ケニアのナイロビやモンバサ、ケープタウンの方がよっぽど怖かったな。
でも油断は禁物なのでケバブの夕ご飯を食べ早々に宿に戻った。
夜、銃声なのか爆竹なのか、クリスマスイブのはしゃいだ花火なのか、何はともあれ軽い爆発音みたいな音を明け方まで聞きながら浅い眠りについた。