台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.04

たっぷりと睡眠を取って5:00に起きた。さすがに昨日の行程がこたえたのか腰や背中が傷んだ。雨は止んでいたが、ツェルトやカッパ含め全てが濡れていた。ガスコンロに火を点けお湯を沸かし、尾西のフリーズドライを食べた。あまりお腹は減っておらず、持ってきた食料はあまり気味。体調が悪いせいもあって運動の強度を上げられていないので、体力が余っているんだろうな。6:30には出ようと昨夜決めていたけれど、4人ともなるとそうもいかず、ツェルトを畳んでパッキングを済まし出発したのは7:00だった。空は十分に明るく、中央尖山が木々の合間から見えた。3日目にしてようやく晴れる気がした。

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メインルートでない懸念していたショートカットとなるルートを行く。地図上では点線なので気になるところだった。稜線上に踏み跡はなんとなくあり、進めそうな気がした。ここが進めなかったら15時間くらいの遠回りになり、またどこかで夜を明かなければならない。進むと黄色い印が見える。これは大丈夫そうだと一同歓喜する。尾根上に進めば道を踏み外すことは無さそうで、印で正しいルートか確認ができそうだった。しかも、真也が『山と高原地図』の台湾版アプリを入手していて、そのアプリでルートに乗っているのか外れているのか確認ができ非常に心強かった。

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ただ、それでもそのマーカーが遥か下の谷へと続いていて迷ってしまったり。稜線が崖になっていて回り込まなければいかなかったり、藪漕ぎがひどかったり、一筋縄ではいかない。右へ行ったり、左へ行ったり、斜面を降りてから登り返したり、ふた手に分かれて印を探したり、いくつかの難所を越え右往左往すること90分位だろうか、点線上のルートの半分くらいのコルに着いた。上出来である。あとのルートは簡単で、道を下ることもう90分、比較的すんなりと、昨日予定していたオリジナルルートと合流した。これで今日帰れる! 誰もがそう思って喜んだ瞬間だった。

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川まで下ってランチタイム。川といえば昨日の川の記憶がよみがえる。クリフバーを頬張りながら、橋を探すとやはりなかった・・・・ ただ昨日ほどの瀬はない。濡れるけれど渡れるからいいねと、バックパックの中身に入念な防水加工を施し一番流れが緩やかなところを渡渉することにした。死ぬリスクがなければ楽なものである。また、緯度が南だけあって水もそこまで冷たくはなかった。濡れたのは下半身だけで済み、これで大ボスクリアかなと一同思ったのだけれど、そうは問屋がおろさないのが台湾の山!

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ルートであるはずの斜面は崖崩れで一面剥がれ落ちており、ここから標高差で400m上部の初日の道との合流地点までは沢を詰めることになった。「どんだけだよ〜」ともはや笑うしかない!!

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幸いにも沢にもルートが開拓されていて、目印となる黄色いマーカーが点けられているし、難所にはロープなどが張られていた。雨季や台風ともなると猛烈に流れそうな急峻な沢、その証明にいくつもの巨木が川の中心に横たわっている。こんな厳しいところにルートを設けて道を切り開く台湾の山好きの人々の熱意に心を打たれた。水量はあまり多くなく、もうすべてが濡れてしまっていたからバシャバシャと進む軽度の沢登りは気分転換にもなって楽しいものだった。

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繰り返すがもはや笑うしかない!ここまでくると。

そして11:00、我々はついに初日に通ったルートへ合流したのであった。「キター!今度こそ!」と一同感無量。

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下から見上げた初日に見たであろう道標! もう、帰れる、クリア目前。

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ここからは正真正銘下り基調! 朝の晴れは幻で結局最後まで雨が降っていた。最後のボーナスなのか、お別れの印なのか、一瞬北一段の山々が雲の間から顔を見せた。

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ゴールを見据えた我々の足取りは軽かった。バスに間に合うといいな、と。欲張らず安全第一と思いながらもペースが上がる。下り坂を走るとその振動で頭痛がする、最後まで風邪っぴきのままだった。下りのコースタイムは甘々で簡単に短縮できた。勝山を超え、登り口の象徴でもあったキャベツ畑に着くとその独特の青臭い匂いで出発時の記憶がフラッシュバック。始まりはキャベツで終わりもキャベツ、そんな山(笑)。ただ、我々は無事に目的の山と目的のコースを踏破してここまで戻ってきたのだ。

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13:30、一同無事下山。14:00、時間ぴったりにバスが来た。

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バスで羅東へ、宿にタクシーで荷物をピックしにいき、つづいて台北行きのバスに。バスの中でbooking.comで宿の予約をした。台北に着くとシャワージャンケンをして、夜市に繰り出した。山から現実への帰還。いつもこの瞬間と余韻が大好きである。餃子を噛み締めビールでのどを潤す。二次会に繰り出したかったけれど、部屋のライト点けたままバタンキューとなってしまったのは言うまでもない。

台湾にまた山登りをしに来るか?そう聞かれたらわからないと答えると思う。
そもそも的に北アルプスに行く感覚で台湾の山を登りに行こうよ、と友人を誘ったところから旅がスタートした。そんなライトな目的には十二分に応えてくれた。台湾の山々は荒々しく、タフで、そして素晴らしかった。そしてもちろん、最高の仲間達と最高の時間を過ごした日々となった。

台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.03

5:00に全員のスマホから一斉にけたたましいアラーム音が鳴る。起きる気配がない同部屋の台湾人には申し訳なかったけれど、お湯を作ってフリーズドライのピラフとラーメンを作る。6:30に出発し、ヘッドランプを点けながら笹の斜面を上った。

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水が切れていたので地図に印があった場所で水場を探すと、それは川ではなく小さな溜池だった。ただ、池といっても水が湧いているようで、見た目は綺麗。浄水して飲水を作ると、空がかなり明るくなってきた。いい景色だった。このまま晴れていってくれないかな、と南湖山荘へと続く稜線を上がる。その先に見える絶景を期待しながら。

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しかし絶景はいつまでたっても現れず、辺は段々とガスに覆われていった。アップダウンが続く細くて急峻なトレイルでなかなか手応えがある。

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山荘に着いたのは8:50。大きな避難小屋で沢山の登山者がいた。ここに泊まっている人は少なくとも前々日に出発しているわけで、ひどい雨の中を来たに違いない。台湾の登山者はメンタルが強いなあと改めて思った。辛い登りだった。昨夜はみんなに意欲的なコースを提案したけれど、山頂に行ったらもと来た道を戻ってもいいかなと弱気にもなっていた。コルに上がると道は別れ、山頂へ続くのは行き止まりの一本道。足場は不安定で、ルートも分かりづらかった。いくつかの偽ピークを経て、岩をよじ登り、10:20についに3742mの山頂へと着く。激しく横殴りの雨風で、のんびり景色を楽しむなんてもってのほか。といっても展望はまったくないのだが。記念写真だけ撮って、元来た道を下ることにした。運命の分岐のコルで作戦会議。時間が早く順調なこともあってか、このまま戻るいわゆるピストンのルートではなく、ここから尖山へと向かいそこから北上する、元の道をほとんど通らないループコースへチャレンジしようとなった。この決断が後に大変な目に合うことは、つゆ知らずに。

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ここからは下り基調なはず、とザレ場を一気に下る。すると道がなくなりミスコース。登り返してまた下った。森に入ると苔が美しい。ここもまた、屋久島のようだった。一同美しさに心奪われ、ため息をつきながら、写真を撮ったり景色を眺めたり一向にファストではない。

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地図に巨石と書かれているだけあって、巨岩が次第に増えていき、苔が消えると大きな岩のロックガーデンとなった。石をアスレチックのように登って下り、昨日と同じような笹に覆われた斜面に出た。標高を随分と下げてきた証拠で、下界は霧が晴れ鬱蒼とした森が広がっていた。ここからはとにかく高度を下げる。笹が終わると松が生えてきて、斜面はどんどん急になってきた。大瀑布と地図に書かれたポイントで川に合流するはずで、そこからコースタイムで川沿いに2時間ほど緩やかに下れば今日の目的地の野営地のはずだった。「無事に行けたねー、ループコース」とかッセに呟くと「気が早いよ」とごもっともな返答があった。

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川の音が大きくなるとともに、下りの道も険しくなっていく。ロープを伝って降りる場面が増え、後ろからくる仲間に「滑るから慎重にね」など注意をしながら進むことになった。大瀑布という名称にふさわしい立派な滝が目視できるようになり、最後は崖のようながれ場を下ることとなった。川が目前に近づくと、先頭を行くカッセが止まっている。どうやら道が見つからないようだったが、正確には道がなくなっているのであった。ルート的にはどうしてもここで川を渡らなければいけない。すでに斜面は崖状態で川の上流にも下流にも歩いてはいけない。ただ眼下の川には橋もなければ渡れそうな場所もない。おまけにこの数日の激しい雨で水量が増えていて激流となっていた。やれやれ、結局いつものアドベンチャーか。

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なんとか渡れる場所を探さなければならない。上から見ていても仕方ないので、川まで降りて渡渉ポイントを探すことにした。上流部は滝、二本の川がちょうど合流してそれぞれがかなりの水量だ。ここで渡ったとしてもその先は崖で登れそうにない。下流部は先が見えないほどの瀬の連続でラフティングには楽しそうだけれど、生身だとかなりの確率でこの世にさようならとなりそうだった。中流におそらく胸くらいの高さまで浸かることになりそうだが、渡れそうなラインが見える。ただし、少しでも足を取られたら5m先の瀬に巻き込まれてリカバリー不能。可能性は成功が6で失敗が4だろうか、いや7:3だろうか。胸まで濡れるとして着替えはあるから着替えたとして・・・と何度かシュミレーションをする。

もしくは今からさっきの崖のような道を登り返すか。みんなが行くならチャレンジしようと思っていたけれど、出した結論は引き返すというものであった。我々もみんな父になり、大人になったんだなと思った瞬間だった。ただし、登り返すのも不確定要素があった。600m登れば、おそらくは分岐があり、川を迂回してこの先のコースに合流できそうだった。ただ、先程通ったときに分岐を確認できておらず、道が本当にあるのかもわからなかった。もし道がなければ、コースタイムで20時間くらいの道のりを戻らなければならず、明日夜通し歩くか、どこかで泊まるかという選択肢。それでも、たとえ10時間追加で歩くことになったとしても、命を天秤をかけたらどうってことないじゃん、と思ってしまった。より死のリスクが低い方を選ぶ、確かな選択だと思った(ようやく、この歳にして)

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すでに15:00を過ぎていた。夕暮れまで2時間しかない。疲れた体にムチを打って、何も面白くもない元来た道を登り返す。これが一人だったら最悪だけれど、みんなで空元気をだして、ゲスな話をして疲れをごまかしながらゆっくりと登る。夕暮れ前に600mを無事登りきり、来るときに確認していた広場についた。かなり斜めだけれども、4人分のツェルトのスペースはありそうだ。まずはジャンケンで場所を決め、雨の中ツェルトを張る。濡れたものをすべて脱ぎ、狭いスペースで頭を垂れながらお湯を沸かしてご飯を食べた。なかなか疲れた一日だった。ツェルトの中は全てのものが濡れすぎて、身動きも取れずに快適じゃなかった。明日がどうなるのかわからなかったけれど、食べて寝ればまた動くことができる。食って寝てひたすら動く、それだけのシンプルな生活なので、この時点でもはややることもできることもなく、すぐに寝についた。

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台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.02

3:00に起き、ホテルのフロントから外を覗くとタクシーは待っていた。おじさんを起こし荷物を預け3日後に帰ってくるからと告げてから外に出た。ホテルのシャッターは閉められ、ここからはワンウェイである。タクシーの青年は我々を乗せると友人宅に行き、なぜか友人が車で同行することになった。メーターを点ける。自分の計算では80km走っても2,000元くらい、すなわち6,000円がいいとこだろうと思っていた。4人で割ればたいしたことはない。朝の5時間を失うよりよっぽどマシである。雨の中車は進み、最後のコンビニだよと言われたファミリーマートにてコーヒーを買った。「電光掲示板に7号線が閉鎖されているって書かれてたなあ」と真也がボソリ。程なく進むと道路にはA型のバリケードがあり、やはりこの先は進めない、というようなことが書かれていた。

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ドライバーにどうしようかと聞かれたけど、バリケードをすり抜けて進めるところまで行ってみようよ、と提案してみた。それから5分は進めたのだけれど、そこから先はテープが道路を塞いでおり、本格的な通行止めとなっていた。この先は土砂崩れなどで道路が遮断されているらしい。これ以上進んで警察に見つかると罰金だよ、とドライバー。どうしようかと聞かれたけれど、街に戻ろうとしか言えなかった。しかしホテルはすでにシャッターが下ろされて閉まっていたし、とりあえずバスターミナルに戻ってみたけれど5:00前で真っ暗だった。隣の駅の2階なら空いているよと言われて、ドライバーとお別れしてから二階に上がってベンチに座った。皆で大したアイデアもなく、作戦会議をする。そして項垂れる。

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バスが7:00に出るので、それまでに通行止めが解除される希望を持ってひとまず待とうとなった。でも開かなかったら・・・台湾まで来ておいて何も調べていないけれど観光なのかな。あと4日間もある。やや悶々としながら、それでも仲間と一緒なのでなるようにしかならないしな、とある程度割り切った気持ちになった。6:30にバス停に向かうとあっさりと登山口である「勝光」行きのチケットが購入できた。あれ行けるのか?と淡い期待をいだきながらバスを待つとそれは来た、しかも定刻通りに。大型ザックを抱えた、いかにも縦走登山客的な若者3名もバスに乗る。そしてバスは出発し、先程の通行止めの箇所もサクリと越えた。ただ、道路はひどいもので、かなりの場所が土砂崩れの被害にあっていて、道の半分がえぐれて川に落ちてしまっている箇所もある。それでもバスは比較的順調に進み、途中の南山村でトイレ休憩。ここで肉まんとチマキを購入、美味しかった。

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9:45に勝光で降ろしてもらい、ついでに帰りのバスの時間を聞いた。14:00が「羅東」行き、14:20が「イーラン」行きとのことだった。雨が少しぱらついていたけれど、なんとかスタート地点にはたった。もう10:00だけれど、今朝の4時には立てるとは想像できなかったものだ。

そして我々はスタートした。リンゴ畑を超え、キャベツ畑が続く道を。

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道は軽トラが通れるほどの林道で、溜池を越えると杉林の中のスイッチバックの登山道となった。勝光という小高い丘を越え、約一時間で正規ルートと合流する。ここまでコースタイム100分のところを60分である。台湾の山のコースタイムは厳しめ、と聞いていたのだけれどそうでもないみたいだ。

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3組ほど台湾人登山パーティーを追い越した。この予報でも山に入っている人がいることと、我々よりペースが遅いのが安心どころだった。比較的若い登山者が多く、誰もが巨大なバックパックを背負っていた。日本で言うところの70L〜80Lレベルで、外側にリンゴがたらふく入ったビニール袋が取り付けてあったり。こりゃ重いはずだ・・・

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しばらくは平らだったので「ファストパッキーング!」と叫びながら、小走りで進む。小川をいくつか越えると林道と呼ばれている7kmの区間は終わる。ここに国立公園の看板が大きく立っていて、いよいよ本格的な登山道となった。

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スイッチバックを折り返しながら進む森の中の道。雨でカッパを着ているせいか汗が吹き出してくる。高度がそれなりにあるから気温はそこまで高くないのだけれど、低山だったら蒸してこれどころじゃないんだろうな、そんなことを思いながら登る。巨木と一言で言うには失礼なレベルの、まるで屋久島に生えているような大きな木々ばかり。「うわ〜」と一同ただ感動しながら進んだ。雨で展望が優れないぶん、苔むした森の中は神聖な光景だった。一時間と少しで多加屯山2795mに着く。展望はまったくなかった。ここまでは笹の猛攻が続く。両脇から笹が覆いかぶさっている道で、チクチクするし、暑くて短パンになっていると下半身がびしょ濡れになってしまった。

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下っては登り、ほどなくして雲稜山荘へと着く。時間は15:00、山ではここで行程を切り上げていい時間だが、当初の予定では南湖山荘までたどり着いておきたかった我々としては、出発が5時間遅れていたとしても、今日中にできる限り進んでおきたかった。小屋はいわゆる無人の小屋だがとても立派で、就寝スペースの他にキッチンがあり大変賑わっていた。女性のトレッカーにコーヒーを進められ、後ろ髪を惹かれる思いだったが、前へ進むことにした。夕暮れまであまり時間がないが、次の山小屋までコースタイムで3時間30分、進まなければいけない。

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山小屋から次のピークまでは500mアップ、しばらくは登りが続いた。気温も下がってきたので、立ち止まると寒い。最低限の装備で挑むファストパッキングスタイルだと動きながら体温を上げることを前提としているため、疲れて足取りが遅くなると辛い。これは結構リスキーなアクティビティのスタイルだなと思った。実は2日くらい前から咳が止まらず、体調が万全ではなかったのだ。本来なら坂道も駆け上がりたいところだったけれど、3日目まで体力を温存しておこうと慎重に進んだ。メンバーの一人、オカピーはアウターの中がびっしょり濡れてしまい、休むと凍えて寒そうだった。

それにしても見事な巨木の森だった。植生といい、雨の多さといい、苔むした感じや巨木、まるでここは屋久島だった。
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17:15、雨も弱くなってきた中、道をそれて台湾の百名山の一つである審馬陣山へと登る。あいにくと眺望はゼロだった。

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残念に思いながら目的地の山小屋まで下っていくと、雲が急に消え目指す南湖大山が姿を表したのだった。4人共歓喜の声を上げた。明日進む稜線もくっきりと見える。3:30に起きて、行けるかいけないかわからなくなって、それでも来ることができて、そしてここまで進むことができて、これはまるで今日諦めずに前を向き進み続けた我々へのシメのご褒美のような気がした。

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18:00、審馬陣小屋へ。小さなプレハブが2つ並んでいるだけのミニマルな小屋。予約していなかったので外でテントを張ることも考えたが、予想通り中には誰もいなかった。もうじき夕暮れなので、当然もう誰もこないと踏んで大きい目の小屋に泊まらせてもらうことにした。濡れた服を脱ぎ、マットを広げお湯を沸かし、極楽である。「予想していたより進めたね、明日どうしようか。天気はどうかな」アルファ米を食べながらそんなことを話し、一同満足感に浸っていた。

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19:00過ぎに外でライトが光る。まさかの登山者到着。いまさら外にテントを立てたくないね・・・とビクビクしていたら登山者は一人だったようで小さい方の小屋に入っていった。もう寝ようか、とライトを消そうとした20:00頃。今度は複数の声が外から聞こえてきた、まさかのグループ到着。きっと追い越した人たちに違いないけれど、暗闇の雨の中、大きな荷物を背負って2時間も歩いてきたことになる。台湾人のメンタルの強さにびっくりしたけれど、さて、問題は小屋のスペースだ。ガラガラガラ!と扉は開かれ人数をカウントされた。どうやら小さい小屋には入り切らない人数のようで、こっちに一人入れるか?と相談された。もちろんだよ、とスペースをあけて、やはりちょっとホッとした。さすが今から外で寝たくはなかった。

この後は誰も来ることがなく、移動二日目にして3:00に起床し動き続けて疲れ果てていた我々は深い眠りに落ちていった。

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台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.01

「北アルプスに行くような感覚で、隣国の山を登りに行ってみないかい?」 そんな軽いノリで友人を誘って台湾の山に行くことにした。
今年は年初からベネズエラ、ハワイ、アラスカ、ニューヨーク、イエローストーンなどなど国内外問わずたくさんの場所に行った。街へのトリップもあれば、自然の中もあり、仕事もあれば遊びもあった。ただし、一年を通じて純粋に自分のためのアウトドアができていたかと言えば、それは疑わしいし、年始のベネズエラからご無沙汰なような気がした。こんなに色々行っておきながら更に?、何を今更、とか思われそうだけれど、贅沢ながら自分のためのエクスペディションがしたい、仕事ではないプライベートなアウトドアがしたい、と切に願った。そしてそれは何らかチャレンジ的要素を含みたいとも思った。そうはいっても時間があまりないので、海外、それも近い台湾の山へファストパッキングスタイルで行こうときめた。

台湾は、今年の仕事で企画をご一緒したホーボージュンさんのリポートにもあるように、「日本には標高3,000mを超える高山が全部で21座ある。ところが台湾には3,000m峰がなんと144座もあるのだ……! さらにピークの数でいうとその数は200座以上に及ぶ。九州とほぼ同面積の小さな国土に、日本の10倍もの高山がひしめいているのである。」という山岳大国なのだ。10倍というのは3,000m峰の数であって、日本の山の規模の10倍というわけではないのだけれど、この隣国の山に行きたいと思って数年。ようやくチャンスが訪れたのであった。

メンバーはカッセや真也という変わらないいつものメンツ。その他にも声を色々かけてみたけれど、乗ってきたのがオカピーこと岡村さんだった。「実はファストパッキングで行きたいんだけど・・・」もしかしたら皆は大型パックを背負ってのんびりと歩きたいのかもしれないので、ここが超えるべき最初のハードルだった。自分勝手な理由として旅にチャレンジ的要素を含みたいからであった。他の人がブログに上げているような、2泊や3泊で南湖大山往復なんてチョロすぎて退屈すぎるのじゃないか、と。旅にエッセンスと刺激を含みたいし、行くからには、やるからには、他の人と違うスタイルがしたかった。たいした反対もなく、このわがままスタイルに付き合ってくれることとなった友には感謝している。

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中華航空の台湾往復は32,000円だった。チケットを取り、ネットで情報収集して、60Lのダッフルに適当に荷物を放ると、平日の始発電車に乗った。8:20成田発の飛行機は30分遅れて出発し、13:00頃台北へと着く。空港で両替して125元(400円)のバスで台北メインステーションへ。ここから徒歩5分の「台北山水」というアウトドアショップで200元で『北一段』という今回のエリアの地図や、フリーズドライ(80元、240円)とガス缶などを買った。かなりいい品揃えで、円高のせいか日本より若干安かった。

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路地でラーメンを食べ、地下鉄に乗って友人との待ち合わせポイントへ。
昔の同僚で友人のハチベイが実は今台湾に暮らしていて、なんと車でベースとなるイーランまで送ってくれるという。無事に合流でき、車で1時間のイーランへ。昔話に花が咲き、楽しい時間だった。

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Booking.comでロケーションがいいと予約したこのイーラン(宜蘭)の宿だが、着いてわかるのだがイーランではなくルードン(羅東)というイーランより5kmほど南部の街だった。でもかなり栄えている街で、不憫することはなかった。宿に荷物を入れたのが18:00、パッキングをすませ情報収集にとバスターミナルへと向かった。ここからトレイルヘッドのある「勝光」までは80km、梨水と呼ばれる街へ向かうバスで行くことができる。しかしそれは朝の7:00発、3時間かかるという。日の出が5:40なので約4時間ほど太陽時間を失ってしまう。それならと、3:30に宿に迎えに来てくれるタクシーを探すことにした。そして幸い見つかった。

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夜は余市に繰り出し、ラーメンを食べたのだが、店のテレビがずっと天気予報をやっている。明日からはずっと雨で、行くエリアの降水量もすごそうで、暴風雨的なことも書かれている。一同不安になりつつも、まあ行ってみないとわからないよね。と前向きに(?)捉え、セブンイレブンでパンや水、翌日の朝食と昼食を買い込みホテルへと戻り寝に着いた。

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まさか行けなくなるとは、この時点では知る由もなかった。

座間味へ

想い出は旅によって形成されるもの。少なくとも自分の場合においては。
そして、この数年を思い返すと、よくも沢山息子や家族と旅をしている。息子のハルと一緒に石垣島や与那国に小笠原、四国に九州、北陸に富士山や白山など、たくさんの場所に行った。いい思い出だなあ、と勝手に余韻のようなものに浸ってみると、この夏どこも行ってないじゃないか、となるわけだ(粟島には行ったけど、もっと遠いどこかに行けてない)。
やっぱり夏なんだから二人旅をしよう。いよいよ海外へ、と思い。自分が行きたいのはミャンマー、台湾、えーとそれから・・・・と色々考えた。その場所に一緒に行っている我々を想像し、イメージしてみると、はてあまり楽しく感じない。結局那覇行きの航空券を買ってしまった。沖縄はこれまで彼と3回行ったけど、いずれもものすごく楽しかったのだ。遠くの海外より沖縄の方がよっぽど良いと思うことが何度もある。それは遠くのパウダーよりも北海道、に通じるところがあるのだが(余談)。

行き先は4年くらい前に、台風によって全て予約していたのに渡れなかった慶良間諸島。
調べると阿嘉島、座間味島、渡嘉敷島とあるのだけれど、素朴そうで、でもそれなりに便利そうで、かつキャンプ場がある座間味が良さそうで、まずは座間味に行こうと思った。その後は行ってみて臨機応変だ。

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那覇からとまりんへ。ちょうど9月になってしまい、船が一便減ってしまっていて、時間が空いた。那覇まで行けば船はあるかなと、適当に無計画で飛行機をとったのが悪いんだけど、今回は無計画というのと、できるだけ昔のように身の丈にあった旅をする、というのもテーマ。第一牧志公設市場へと向かった。ハルは肉売り場のブタのフルフェイスに興味津々。豚足も触りまくり。自分は魚をよく観察し、明日から魚を捕った場合、どれが食べられるかをリサーチする。二階でフーチャンプルとそばを食べた。「沖縄の言葉は違うんだよ〜、これはポークといって…沖縄のラーメンはそばというんだ…野菜炒めはチャンプルでね」と得意気に説明すると、「じゃあ、ご飯は?」「お茶は?」とすぐに質問が返ってくる。
沖縄はほんと「アジア」で旅していて愉快だなぁと路地を見ながら思う。

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さて、時間も潰れて腹もふくれ、オリオンビールもしっかり飲めたので、とまりんに戻り16:00の高速船に乗った。途中船は阿嘉島を経由し1時間程度で座間味へ。そこからバスで阿真ビーチへ向かうとすっかり夕方だった。テントを張って夕暮れの海に入る。時間的に透明度はあまり良くなかったけれど、暖かく気持ちよかった。買い出しに行こうと思ってたのだが、もう19:00くらいになってしまったし、酒がないのだけが悔やまれたが今日は持参したラーメンを食べることとし、そのまま就寝。

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6:00 激しい蝉の声で目がさめる。(毎日このサイクルとなった)阿真の集落を探索して、朝食のパンとコーヒーを飲んで海へ入る。朝のためか透明度が素晴らしい。のんびりしてから自転車を借りて港と村一番の集落に行き情報収集。商店の品揃えは申し分なかった。コンパクトにギュッと。そこで買ったポテチとビールを海を眺めながら飲んで、坂を上がって古座間味ビーチへ。

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正直あまり期待していなかったんだけれど、海の中がすごかった。まるでボートダイブのような見事なサンゴ礁と魚達。
ハルは上手にシュノーケルできていた。
3時頃まで遊んで、帰りにかき氷を食べて買い出しをして、キャンプ場へと戻る。現地で買った銛をもって海に入り、3匹ほど魚を突いて今日の夕食に。なかなか美味だった。ハルを連れて魚を突きに行っているので緊張感もあり、かつ現地の600円くらいの銛だから、やはりうまくつけない。でも二人で食べるには十分だね〜。
帰り際に見事なウミガメを見た。

3日目。朝から目の前のビーチでシュノーケリング、朝は透明度が高い。そしてウミガメに会えた。

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阿嘉島へと渡る。
自転車を借りてニシハマビーチへ。ここなぜか北浜って漢字だと書くんだよね。
座間味よりさらに空いていて、高台からみる海はどこまでもきれいだった。

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たっぷり遊んだら、かき氷を食べて、ローカル船で帰って、ビールと食材の買い出しをして、夕方は亀と泳いで、そのまま銛で魚突いて食べる。ああ、シンプルなルーティン島ライフ。ずっと日差しを浴びて、泳いでいるせいかハルと一緒に9時に寝てしまう・・・・

4日目。移動しようかなとも思ったけれど、結局座間味のまま。朝は亀とのランデブー、その後高台まで軽くハイキング。
かき氷食べて、ビール飲んで、夕日見て、一日が終わる。ああ、豊かだ。夜は流れ星を二人でビーチに眺めに行ったんだけれど、二人とも10分で寝てしまい、あまり星は見えなかった。すごい星空だったけれど。

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5日目。
朝から雨。でもずっと降っているわけでもなく、やんだり降ったり。フェリーに電話すると、明日はスローボートは出るが、高速船は高波で出ないかもしれないとのこと。もう一日いたかったけれど、本島に帰りますかね。
朝は最後の亀との遊泳を楽しんだ。

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リピートしたかった古座間味ビーチの見事なサンゴ礁のスノーケリングをしに行って、
濡れたものを急いで片付けて15:00のフェリーに乗った。

身の丈的なのがテーマなので、那覇ではユースホステルに泊まった。ずっと300円のキャンプ場に泊まっていたのに、那覇でいきなりきれいで豪華な場所に泊まると、これまでの非日常体験がリセットされてしまうのではと思ったのだ。

やっぱり那覇でもかき氷を食べて、オリオンを飲んで寝た。

最後の日は雨の沖縄だから、宿でのんびりとも思ったけれど、首里城まで遊びに行った。

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そして我々の今年の夏の冒険が終わった。最高だった。
「サイコーだね、来てよかったねえ〜」と亀を見た後に心から喜んでいたハルの言葉が耳に残った(オヤバカ)

Summer 2016

年が明けたらあっという間に夏だった。
1月にベネズエラから帰ってきて、2月にはニセコへ。2月末から3月頭がハワイ。4月には仕事で阿蘇へ。5月にアラスカに行き、6月にNY、7月にはイエローストーン。ブーンブンブン、そんな感じで月日が過ぎた。

夏に書きかけたこのブログポストも、すっかり放置され気がつくと10月。
まずは8月の新潟は粟島のことを。

ムスコのハルと、カッセファミリー、真也ファミリー、Qちゃんファミリー、寺、郷さん、というメンツ。
一昨年は石井くんと寺の3名だったのに、去年からファミリーキャンプっぽくなってきて、今年はさらに子ども連れが・・・まあ、必然の流れなのだろうか?

椎名誠の『あやしい探検隊』の島。ずーっとまえからずーっと興味があって、いつかいつかと思っていたので、今回は伊豆七島のフェリーが満席だったという、ただそれだけの理由なのだが、ようやく上陸できて満足であった。

島では相変わらずの自給自足生活。
といっても人数が多いので、焼きそばやラーメンや、ウインナーとか、みんな好き勝手なものを買って食っている。なんかこの混沌とした、だれも何かを制限するわけでもない、自由な感じがとてもいい。一日のタイムスケジュールも寝る時間も起きる時間も決まっているわけでもなく、それはそれは好き勝手やっている。

期待していた大物は採れなかったけれど、大きな石鯛や、三宅島よりもたくさんの種類の魚が採れて大満足だった。水はそこまで冷たくなく、ただ、日本海なのでやっぱり三宅島のような南国感や無条件の気持ちよさはないものだなー、と感じたとこだった。一緒に行ってくれた皆んなに感謝!

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Flint, Michigan

1992年。この街に暮らし、高校に通った。今でもホームステイ先の番地をスラスラということができる。
その後2回訪れたけれど、最後に行った時から20年の月日がたっていた。
なぜ、再訪するまでそんなにかかってしまったんだろう。

大人になった自分は、今回は迎えを頼まず、早朝のNYCから飛行機でデトロイトへ向かうとでレンタカーを借り、高速を北上した。REIに寄って、Best Guyという東部の有名ハンバーガーチェーンで昼食を取り、14:00 Kearsley High Schoolへと着く。途中の道はなんとなく覚えていた。ただし、ブロックバスタービデオや、お腹が空いてよく行った25セントのホットドッグ屋さん、いろいろなお店が消滅していた。

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学校は全くといっていいほど変わることがなかった。
無断で校舎に入ってみる。これまた当時のままだった。覚えているのは歴史の先生だけ。美術のクラスの生徒や体育の生徒、数学や歴史の授業の記憶もおぼろげながら蘇ってくる。24年たって、記憶に残っている、いないの分岐点は一体どこにあるのだろうか。少なくとも、高校2年のこの記憶は1年や3年の日本で過ごした記憶よりインパクトがあり、メモラブルである。あの時こんな経験をしなかったら、もちろん今の自分はいないと思うし、そんなインパクトで記憶に残る時間を送り続けなければいけない。

もう24年も経っているのに、まるで昨日のようで儚い気持ちになった。ああしておけばよかったな、もっとあれをすればよかったな、そんな感情が湧いてくる。もちろん、ベストは尽くしていたのかもしれない。ただ、何十年経っても後悔をすることがないように、今この瞬間も精一杯生きるべきなのだ

過去に生きてはならない、今を生きなければならない。ただ過去はいろいろなことを思い出させて教えてくれるし、それは捨ててはならないもの。過去を定期的に、そして真剣に振り返ることは大事だと思った。思い出せない記憶の層がミルフィーユのように幾十にも重なっていて。それはふとしたきっかけで取り出される。今日この瞬間のように。そして、いい思い出って、時間が経ってもずっとどこかに残ってるんだなあ、と。ミシガンで過ごしたあの時間は間違いなくいい時間だったのだ。

ミシガンのお家へと帰る。お母さんに会うと、なんだかとても照れくさかった。ナンシー ・ マッケンジー, 両親も兄弟も耳が聞こえず、このお母さんだけが家族で唯一耳が聞こえた。どんな幼少期だったんだろうか。手話の通訳のような仕事をしていて63歳となった今は週3日のパートタイムになったようだ。反抗期のホストシスターや、愉快なホストファザーもいたけれど、このホストマザーの優しさこそが全てだった。宿題を毎日手伝ってくれて、週末は連れだしてくれて、平日もバレーボールによく付いて行った。別れるときは大泣き。もう二度と会えないように彼女は思ったんだろうけれど、若い自分は時間の感覚が違ったので、いつでもこの生活は戻ってくると思っていた。今では通り過ぎていく、一瞬だけしか存在しない時間について、理解することができるようになってきたと思う。今は今しかない。

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姉のクリスティーはミネソタに住んでいて、妹のケリーは近所だったので旦那さんと子供二人と来てくれた。そして我々は夕食に行き、想い出話に花を咲かせた。ものすごい量のミールを食べ、NYとの物価の違いに驚いた。早い夕食だったのもあるけれど、夏至が近くて日が長く、家に戻ってもあたりは明るかった。

自分が住んでいた部屋はパソコンルームとなり、バスルームは改築されていた。庭のプールは子どもたちがいなくなったのでなくなり、当時とは別の犬が住んでいた。芝生は綺麗に刈られ、大きな木は病気で倒されていた。裏庭の森から学校へと続いていた道は、周囲に子どもがいなくなったためか木が密集してしまいなくなっていた。枝をかきわけ木々をくぐり、強引に学校まで行ってみた。当時より近く感じられるのは、距離に関する捉え方の変化であろう。グランドでは少年野球が行われ、家族が観戦しに来ていた。もしかしたらこの親と同級生だったかもしれないな。そんなことを思った。

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慌ただしいけれど、20:00前に出ることにした。空港までは100km以上、明日のフライトは6:00なので3:00起きの予定だった。皆んなとハグして、本当かどうかわからないなと思いながら「また来るよ」と言った。それがいつになるのかはわからない。20年後なのか、10年後なのか。それでも、またいつか来たいと思う。

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帰りに違う道を通ると、右手に大きなスーパー、左手にコートヤードモールというかつて見慣れた光景が目に入った。これこそあの時沢山通ったモールだった。思わず車を止めて中に入る。当時GUESSなどの人気ブランドが入っていたモールは現在ではほとんどのテナントが閉まって閑古鳥が鳴いていた。駐車場のアスファルトもヒビだらけだ。当時7-8軒あったというGMの工場はいまは1軒だけ。自動車産業ともに確実に衰退していっている街の様子をそのまま表していた。これまでアメリカの有名都市ばかり旅してきた。田舎にはこんな街が五万とあって、そこに住む人々がいるのだろうな。

グッバイミシガン、また来る日まで。

Road to Roraima #10 このオトコ

FBにシリーズこのオトコというのを展開したら、ほうぼうからリアクションがあったので、ここにも忘れないように貼っておく。
(ややフィクションです)

その一
この男と今週はスキーに行って立ち飲み酒場で飲んだ。
もうすぐ4月になってしまうが、ベネズエラのLost Worldの写真を見返しメモをたまにまとめている。今日はロライマを初めて歩いた日を振り返った。この男はやはり面白いムーブをしていたな、と。

日本から全行程の衣類や道具を持っての旅。当然ロライマ山のトレッキングに限っては、いらないものが出てくる。それはガイドブックだったり、文庫本だったり、着替えだったり、暇つぶしの道具だったり、サブザックだったり。
どうせガイド会社を使うんだし、そこに戻ってくるんだし、そこで受け取れるからいろいろと預けてしまおうと、山では必要でないものを前日にまとめてサブザックに詰めた。しかしこの男は面倒くさいので全部持ってちゃいます、と言う。普段から効率性ばかり求めているのにそれは違くねーか?と思いながら、自分のことじゃないし放置することにした。

歩き始めて小一時間。「バックパックが超重いっす」「久しぶりだからかな」「重くて大変」とクレーム満載・・・・・え、だってあなたは俺より5kgくらい余計な荷物ばかり持っているじゃん・・・・なぜに置いてこない!

Go Proのバッテリーが無くなりそうになって、しまったミニUSBケーブルをサブザックに入れて預けてしまった!と言うと「たぶんありますよ!」と得意げ。さすが余計にいろいろ持っているだけある、と感心したら「マイクロUSBなら二本あるんですけど、ミニはありませんでした」と使えない答え。しかもなぜかマイクロを二本、余計・・・
歩く度に「なんでこんなに重いのかなー」と独り言ばかり。いや、だからそれは・・・。
ガイドブックも軽量化しようねと出発前に打ち合わせして、俺が「地球の歩き方」、この男は「フットプリント(イギリス・英語版)」と決めていたのに、なぜか二冊持参。「いやー、なんとなく」とか言う。もちろんギアナ高地の役立つ情報なんてほぼないので、自分は下界に置いてきているのだが、もれなく二冊ともバックパックに入れて山に持ってきている。

途中の川でブヨに刺された。気が付くとすでに数十箇所刺されていて痒くてしかたない。この男はブヨにアレルギーがあるのか、ひどく弱っていた。自分はたまらなくなって途中で虫除けスプレーをしたが、この男スプレーをしない。ほぼなんでも持っているので、もちろん虫除けも持参している。「肌が弱くてすぐかぶれちゃうんです、困った」と言うので、なぜ塗らないのかと聞くと「いや、面倒くさくって・・・・」「しかもザックの下の方に入れちゃったんですよね・・・」と言うではないか。ま、U字ジッパーですぐに開けられて取り出せるバルトロなので、取ればいいとも思うんだけどネ。

とにかく「効率性」というのがこの男の格言だと思っているのだが、どのへんがそうなんだろう、と一連の行動を見ていると不思議で仕方なく、かつやっぱり面白いのだった。

写真:ドボンしそうだなーとカメラを構えていたら見事期待に応えてくれたこの男。靴の中敷きの下に隠していた100ドル紙幣は見事に濡れ、乾かしている間に紛失した模様・・・w

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その二
数カ月前から計画し、何年も前から夢見ていた憧れの場所への遠征なんだから、道具はできるだけ最新のものを持って行き、いくつか新調したいところ。

しかし真逆の考えを持つこのオトコ。一番古い道具を持ってきている。穴のあきまくった靴下とヨレヨレのTシャツ。壊れかけたアウトドア時計。「貧相に見えるから強盗にあいにくいし、行く先々で捨てれる」からだという。たしかにトレッキング後にこちらが臭くなったウェアを洗ったりビニールに入れたりしているのを横目にポイッと捨てまくりどんどん身軽になっていく。羨ましくもあり、合理的にも感じる。

ただし「絵的」にはかなりいけてない。せっかくこんなに景色がいいのに。「絵的」に遠征感も出にくい。キマってなさすぎる。おまけに靴下が古すぎるのか川の渡渉後マメもできていた様子(笑)

ロライマ初日。ここで ‪#‎心折れ部‬ Tシャツはねーだろ。と激しく思ったことを写真を見て思い出した朝。

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その三
最近よく一緒にフィールドに行き、今回ベネズエラまで共に行くことになった8歳も年下のこのオトコ、かなりユニークである。一部を共有してみよう。

01
「ベネズエラだと年間1万5千人も殺されるんですよ!やばすぎます」といろんな危険情報をコピーしてきた紙を飛行機内で見せてくれ、こちらの不安を超煽る。「Google の画像検索がマジでヤバいっす!」え、飛行機で言われてもすでに引き返せないんすけど…予想外に心配性。「すなわち毎日40人です」計算も早い。そこまであぶねーと思ったら行くのをやめるっていう提案もできたのでは?「喉元まで出かかったんですが」曖昧な性格か?w

02
「危ないから8ヶ所に現金分散させました!」一見いい加減なのに実は細かい。
しかし靴に隠した2つは川の渡渉で濡れてしまい…最終日にホテルで「どうしても2つくらいどこに隠したかわからなくって出てきません」と2-300ドル紛失が発覚。ネタか?これネタなのか?

03
「トランジットが間に合わない〜。」2時間もあるから余裕だろうよ、と言っているのに焦って違う飛行機へと消えていった。(帰りの便は別だった)やはり心配性。そしてあんなに急いで完璧だったのにその後の飛行機がキャンセルとなり、彼だけロンドンを経由することとなる。俺より15時間遅れ日本に無事着くも、ロストバゲッジのオチ付き。間違いなく何かを「持っている」
2年前のアコンカグアでヘリを飛ばしちゃったのも同一人物である。
そんなわけでかなり一緒にいたのに、さようならと言えていない。

写真。
最高紙幣の100ボリバルの束でしばいて欲しいとお願いされた。日本だと500万円の束(現地では9000円の価値しかないが)。最初は静止画を撮っていたのだが、リアル感が出ませんね、と何度もやり直しを命じられ、本気で叩かされた。リアル感、出ましたかね?
こうして思い返してみたが公に書けないことばかりでイマイチ共有できなかった。これ以上は飲みの席で・・・
大変楽しい珍道中の旅でございました。

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海外オトコふたり旅、なんていうのはおそらく初めての経験で。
きっと道中で飽きるんじゃないか、険悪になったりもするのだろうか、そんなことを思っていたのだけれど。センパイとして彼は気を使ってくれていたのかもしれないが、二週間一緒にいて退屈することもなく、適度で快適な距離感だった。テントはもちろん別だったけれど、あえての相部屋もまったく気にならなく非常に楽ちんだった。お互い自由と個人を適当に尊重する間柄だったからかもしれないし、彼がただたんに類まれなユニークなキャラだからなのかもしれない。

テラのブログにもこの旅の顛末が詳しく記載
teratown.com

Road to Roraima #09 帰路につく

14:30にサンタエレナに戻ってきた。
順調に事が運んで余った一日を何に使おう? グランサバナか、ブラジル往復か、あれこれ。
ただ、カラカスは遥か彼方。クリスマスであれだけ機能不全だった国内交通網を考えると、年末年始も危ないのではと思い出来るだけ移動しておこうとなった。なんとか夜行バスの席をゲットし、まずはシウダーボリバールへ。この13時間のバスがすし詰めのローカルバスで地獄のような苦行。体が疲れていて必然的に眠れたってことが幸いしたが・・・・

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ボリーバルからは乗り合いタクシーでプエルトラクルスへ。海沿いのリゾートを想像していたらガソリンで汚染されているらしく海は入れなかった。ただ、賑やかで陽気な街だった。ここで年越しとなった。相変わらず街は危険なのでホテルからは出られず、0:00の花火を窓から見るだけとなった。

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元日はホテル出発のカリブの島々を巡るボートツアーに参加。なんとお昼ごはん付きで800円。こっちはまるでリゾートななかなかキレイな海だった。
エルファロ島にアラポ島、イルカの並走付きのいい一日となった。

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カリブ海に日が沈む。今日もSorelaビールとピザで〆る。これにて終了ベネズエラ。
ギアナ高地に4日間。そのためにかけた往復の交通が9日間。なんとも遠かったけれど、時間をかけてくる価値は間違いなくあった。

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Road to Roraima #08 さよならギアナ高地

雨は夜中には止み、変わって激しい風となった。
何度かテントを支えていたペグが抜け、外に出て張りなおした。
3:30にまた外に出ると、そこは満点の星空だった。
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凛々しいクケナン大地とさっきまで頂上に立っていたロライマが星空の中に黒く居座り圧倒的な存在感をだしていた。白い雲が激しく動く。

そのまま眠ることなく夜明けを待った。空が徐々に明るくなっていく。赤い朝焼けは見られなかったけれど、それでも神々しい景色だった。5:00には絶対出ようと決めていたのに、あまりにも美しく出発は30分以上遅れた。出発しても名残惜しく後ろを振り返っては何枚も何枚も写真を撮った。「ガイドからしたら、こいつらこんなに同じ写真ばっかり撮ってアホか?」状態だったに違いない。数日ぶりに完全に晴れた日。今ロライマの上の大地にいる人々が羨ましかった。

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それでも、雲一つない空ではなく厚い雲がクケナンとロライマの合間から絶え間なく排出されていく。やはりテプイの上部には常に気流が渦巻いているのであった。

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テプイに水の保水機能がないというのは以前書いた通り、昨日山の上で振り続けていた豪雨は直接下流に流れ、来るときはくるぶしの深さしかなかったクケナン川は昨日は船で渡る必要が有るほど増水していたらしい。雨がやんだ今日は腿くらいの深さに落ち着いていた。

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写真を撮るために停まってばかりいるせいか、一向にスピードが出なく1st campに着いたのは8:30。そのままほぼ平らな大地を歩いて11:30にトレイルヘッドへ。

テラと地元のビールで祝杯を上げた。
天候がはずれ雨にやられ悔いが残る山行ではあったけれど、それが自然であり、それが時間やタイミングであり、今ここにいれること、来れたことが幸せである。10年以上来てみたかった場所。変わらず旅に出られて、変わらず小さな夢を実現できていることが嬉しいなあと思うのだった。

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