SWITCH 1997年 1月号

名前をああでもない、こうでもないと考えてた金曜日の夜。自分の中でとても印象に残っていたひとつの文章を再確認したくなって、本棚からSWITCHのバックンバーを探した。
手に取ったのは1997年1月号。表紙には星野道夫、FORGET ME NOTの大きな文字。
この前年の96年8月8日、彼はヒグマに襲われ他界していた。星野道夫と親しかった新井編集長が彼を1月号の特集として取り上げていたのであった。

「ロシアのカムチャツカで星野道夫がヒグマに襲われて死んだことはただただ悲しい」と始まる一文の下の方にこんなくだりがある。

“途上の人、星野道夫はよくカリール・ギブランの詩を引用した
−あなたの子供は、あなたの子供ではない/彼らは、人生そのものの息子であり、娘である。彼らはあなたを通じてくるが、あたからくるものではない。彼らはあなたとともにいるが、あなたに屈しない。あなたは彼らに愛情を与えてもいいが、あなたの考えを与えてはいけない。何となれば、彼らは彼ら自身の考えをもっているからだ。あなたは彼らのからだを家に入れてもいいが、彼らの心をあなたの家に入れてはいけない。何故なら、彼らの心は、あなたが訪ねてみることはできない。夢の中で訪ねてみることもできないあしたの家にすんでいるからだ/あなたは彼らのようになろうとしてもいいが、彼らはあなたのようにしようとしてはいけない。何故なら人生はあともどりもしなければ、昨日とともにためらいもしないからだ−”

自分の心の中で、まるでゾロアスター教の火みたいに、ゆっくりと燃え続けていた言葉。
そうなんだ、子どもができたら、このように考えたいんだってずっと想っていたんだ。だから子どもが生まれた瞬間に、この子どもは自分の子どもではあるけれども、同時に社会の子どもなんだって自然と思えたんだ。
もちろん、思いやりがある子になって欲しいとか、多様性を持って欲しいとか、健康でいて欲しいとか、親として当たり前の思いはある。だけど、名前に必要以上な想い、自分が望む彼の今後の方向性みたいのを込めるのは違うんだろうなと思った。そんなのきっとわかっていたのだけれど、漢字ばかり眺めてたら頭が固くなってしまっていたみたいだ。

遥か彼方に思いを馳せるのがずっと好きで、そこがどうなっているのか知りたくて、たくさんのところを旅をした。遥かなる場所は、自分にとって一番魅力的なことだったと思う。
そこから漢字を借りて、遥という名にすることにしました。

Hello, world! HAL!

名前

「名前決まった?」と多くの人から聞かれるのだが、決まってないんですよ。
まー、土曜日くらいには決めようかなあと。せっかくの楽しいイベントなので、のんびりと決めようかと。
最近、仕事もそうなんだけど〆切が近づかないと本領が発揮できないんだよね。決して悩みに悩んでるわけではなく、いろいろな道具やお買い物と結構一緒であれにしようか、これにしようかという時間が一番幸福な時だったりするわけで。なのでけっこうのんき。
すごくたのしいことだよなーと思う。
最初は天からインスピレーションが降ってくると思っていたのだ。前の仕事の企画みたいに。だけど、基本漢字が嫌いで苦手だから、inputがないと人はoutputもできないわけだよ。

ということで、一応のインプット。
name

アメリカが終戦でやってきて、管理しやすいように、統治しやすいようにと、当時の漢字をかなり制限した。それによって、我々の漢字への文化はかなり弾圧され、ほとんどの人は自国の古典すら読めなくなってしまったようだ。

内閣府が定めた常用漢字が1945字。プラスその後追加された人名用漢字が983字。合計2928字から、戸籍上の名前は選ばなくてはいけないこととなっている。
約3,000字、立派ないい数字だよ、漢字嫌いなオレとしてはさ。
のんびりと、この機会に漢字を眺めるのも結構楽しく贅沢な時間だなーとのんきに眺めながら、名前もまだなき我が息子と楽しく過ごしているわけです。

一応3,000字をざっと全部見て、気に入った漢字は、「逸 晃 柊 峻 馳 天 崚 太 風 頂 駆 駈 眺 詩 昌 唱 晶 渉 想 恵 宙 空 潤 想 哉」などがあり、週末に自らの頭をほぐし、頭のいい奥さんの頭脳を借りつつ、いざ決めてみようと思います。

クライストチャーチが・・・

10月に訪れたニュージーランドのクライストチャーチ
9月に地震が起きたばかりで、地震の傷跡が生々しく残っていたのだが、その後も今日まで余震というかが続いていたんだなあ。そう考えるとかなり生々しい。

夏の地震はハイチの地震と同じマグニチュードだったとのこと。でも死者はゼロ。
「ウィークエンドだったのと、早朝だったのでダウンタウンには人がいなかったのさ、ハッハッハ」
あのときタクシーのおじさんが笑いながら得意げに話していたのが印象深い。だがまさかのその後だ。おじさん大丈夫だっただろうか?
一寸先はどうなるか、ほんとわからない世の中だね。

この建物が、数ヶ月後に崩壊するとは・・・
New Zealand 2010

By Royal New Zealand Navy Some rights reserved on Flickr

チャーチに住んでいる友人が無事だったのはホッとした。
少しでも多くの人が助かるといいな。

息子生まれる、名前はまだない。

babyborn01
めずらしく大粒の雪が近所に積もった日。雪が止むのと同時に陣痛が始まった。
夜になって病院に駆け込むと、そこにはたくさんの妊婦さんがいた。
「みんな雪に呼ばれちゃったみたいね」と助産婦さん。そっか我が子も雪が好きなのか。

朝6時4分。
彼は意外にあっさりと下界に出てきて、大声で泣いた。
父似でせっかちなのか予定より3週間も早く、母似で2,400gとずいぶんと小柄。

親の自覚なんてゼロで、つい10日前までほったらかしで雪の中で遊んでくせに。
陣痛が26時間も続いて、長いなあ、眠いなあ、と心の中で愚痴ってたくせに。
「でてきた!生まれた!」の声に不覚にも涙が出た。実はこの後も一人で何度かじんわり泣いた。

おなかの中はさぞかし快適で居心地が良かっただろうに。
それに比べて、この世はなんて汚らしく、苦難に満ちていることだろうか。それでもね、ここにはたくさんの楽しみや胸躍ること、言葉では表せないような美しかったり尊かったりするもの、そして何より多くの希望で溢れているんだよ。

息子よ、ようこそ、我らがリアルワールドへ。
君の未来はきっと楽しいに違いない。

babyborn02
シェー!のポーズを決めたね:-)

滑り納め?

今回が滑り納めかしら・・と思いながら滑った妙高な週末。
2シーズン目の妙高ベースに宿泊し、一日目は杉の原ゲレンデ & 陽一コース。
二日目は雪がずたずたなこともあり、黒姫の予定を変更し三田原に登る。外輪山の中へすべって登り返すこと二回。雪は思ったより良い。さすが標高が高いだけある。

今回はタカ・シンヤ・カッセ・イッコの5人の大所帯。

カメラを回しているので、わたくし登場ゼロ。
途中スローモーションな人がたまに出現(笑)

去年の三田原はこんな感じ。去年もクラストだったね、そういえば。
三田原2010

それにしても美しかったよ。

中学英語デビュー

避けてはきっと通れなさそうな、英語の勉強でも始めようと思い、買いましたドリル。

中学英文法を修了するドリル。

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中学校のとき、英語なんて世の中に必要ねーと思っていた。だからまったく勉強しなかった。大嫌いだったし。
高校1年のとき、パプアニューギニアに行く機会があって、そこで英語力の重要性に気づいて愕然とすることになる。そしてなぜか翌年アメリカの高校に留学することになるのだが、日本人が誰もいない学校にいきなりぶち込まれ、文法とか分けもわからず話していたから、今でも俺の英語は勘なんだよね。

ということで、中学校にもどって初めてみようと思った。
昨日さっそくプレテストをしたら、結果は「普通の初心者レベル。まだまだ中途半端です。」だってさ。TOEIC800点まぐれどりしたんだけどな。
いやー、なんか楽しそうだわ。

180° south

180 southを見た。
パタゴニアの創始者イヴォン・シュイナードとノースフェイスの創始者ダグ・トンプキンズの軌跡を一人の若者が辿る物語。

旅なのか、環境なのか、過去へのフォーカスなのか。映画全体としては正直ちょっとバラバラ感があったなあと思う。一応主人公と思われるジェフについては、自分が旅人ということもあって感心したものはあまりなかった。雪山の練習を一度してねーのか!と怒られてたときに、そりゃそーだー!と怒っていた人に同調してしまった。それなのにその雪山に登るのが10年の夢とか言ってはいけないね、と。

やはりこの映画ですごいのは、仙人のように悟りを開いているかのようなイヴォンと、口数少ないけど信念を持っているダグだった。このジイさんたちは本当にすごいと思った。
それを再確認できただけでも、いい映画だったよ。