早朝ラン @ 丹沢

彼は朝めし前に走るらしい。それも20kmとか25kmとか。
朝が弱い俺には、いつまでたってもできそうにないけど、ちょっとだけ見習ってみて、シンヤ、カッセ、ヒロキと丹沢を10km程度ランニング。

頂上からは富士山。
ここは街だなあ〜

彼が言うように、すっきりとした胃に朝食がおいしい。
昨日食したイノシシもシカも、アルコールもすっとした。またみんなで走ろうね。

おまけの動画(Hiroki作)

芝川へ

夜の八時半に自宅を出た。
明日も朝から仕事だというのに、高速で西へ。沼津から富士は火事で通行止めだったので、なんてこったいと思いながら御殿場で降りる。マックに寄って、ドライブスルーのポテトとバーガーを食べながら十里木の曲がりくねった道を走る。サファリパークを超えて、道は富士宮市へ。大石寺、自分が暮らしていた下条を過ぎ、芝川へと下る。

到着は23:00を回っていたけど、車の中でぐるぐると当時の事に思いを巡らした。静岡に暮らした3年間は、本当にいろんなことがあったなあと。美談だけなわけもなく、いいこともあれば悪いことも、いやなこともたくさんあった。すべてを飲み込み、今こうして仲間の元へと向かっているんだなあと。

富士山の麓に家を買った仲間。沖縄から帰ってきた仲間。新潟に住んでいる仲間。そしてもうじき富士を離れる仲間たちと、夜中の3時まで、囲炉裏を囲んで語り合った。

寝袋でみんなが寝付いた後に外に出る。キンキンに冷えた空気の中に、一面の星空!これを毎日見てたんだよなあと思うと、当時の生活が懐かしいし、ほんの少しだけ時間を戻したくなった。

東へと暗闇の中を向かうと、車からも大きな富士山のシルエットが見えた。
5:00、現実世界へと帰還し、一時間だけ仮眠する。
さあ、またこっちの世界だ。

苗場トレ

週末は苗場へ。
おまけ付きだけどね。

パウダーじゃなくて、新潟の重い雪だったけど、コースバリエーションは豊富で雪のコンディション、凹凸も種類いっぱい。こういうとこでトレーニングしないと上手くならないなあ、としみじみ。パウダー的なところじゃなくって、シーズン序盤は苗場みたいな所で感覚を取り戻さなくっちゃなあ。

生きることは雑用なり

昔の職場で、くどいほど雑用大事主義って言われ続けて、めんどくせーな、やんなっちゃうよ・・・と思っていたんだけど、リアルに最近そのことを思い出す。というよりは噛み締める、こういう事だったのかと。

12月から共働きを初めて、自分も家事を担当できるようになったから、それがとても嬉しくもあり、でもやっぱり大変でもある近頃です。

最近の生活はこんな感じ。
6:00- 6:30 起床
6:30- 自分のご飯を食べながら、ムスコにご飯を食べさせる。ミルクを上げ、着替え
7:25 ムスコお見送り
その後平日二回は洗濯と干し

8:00前に出勤へ
19:00過ぎに帰宅して、そのまま彼とお風呂に入る
上がったら、自分のご飯を食べながら、彼のご飯を食べさせて、寝かしつける。そして簡単な片付け、整理整頓、収納、たまに服畳み、たまに食器洗い。

22:00くらいからようやくMy time!
ここまで時間が吹っ飛んでいる感じ。時折、俺の一生が家事と育児で終わってしまう、うがーーー!と叫びたくなる。もちろん、嫁さんも同じ事を感じているかもしれないのだけれど。

けなされながら、ダメな人間モードを選んだほうが、よっぽど楽だったかもなあと思いつつ、でもいろんなことをちゃんとやるって決めたし、かつ自分自身のこともしっかりがんばろうと欲張りにも思う。

そんな日常、日々雑用。

滑って温泉、また滑る。それが東北スノートリップ

東北トリップに行ってきた。
今回のメインは秋田!

22:00にカッセと川崎を出発したのだけど、まあ遠い。東北道を行けども行けども日本地図で見るとかなり下。あれ、東北ってこんなに遠かったっけ?
那須塩原ですでにお疲れモード。仙台を超えたあたりで二人共ぐったりして、仮眠することに。
うっすらと空が明ける頃、再スタートをきり、盛岡ICからは下道で西へ、秋田へと入る。

なんとかリフト始発から30分後に田沢湖スキー場。これで3年連続3回目。ここでシンヤ、メグピー、ミサコちゃん、ムラさん、そして午後からは亀ちゃんとその旦那さんと合流。
リフト下、リフト脇、ちょっと斜度は少ないけれど、無垢なパウダーバーンを雄叫びをあげながらいただく。

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あらかた食べつくしたと思ったところ、午後からのシンシンと降る雪が次々と斜面をリセットしてくれて、午後のほうが楽しいくらい。いきなり満足です。
明日も田沢湖だなー、と思いながら水沢温泉へ。
公共的なつくりだったけど、露天の水深が深いのが面白いし、お湯はもちろん最高!

お風呂で明日も田沢湖だね〜と話していると、ムラさんから「田沢湖はもういいよ」という衝撃発言。更に奥地の森吉山の麓に向うことに。

田沢湖駅前の「みちのく」で定食食べて、いざ雪の中を北上。

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宿泊地はマタギの里の道の駅。雪はひたすら降っていた。なんだか奥地まで来たな〜という感じ。しかもここがあのマタギの里だなんて、不思議だよ。

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Day2

寝袋から出て、コーヒーを沸かし、のんびりと出発。
阿仁スキー場というゴンドラがあるようなスキー場がこんな奥地にもあるのだけど、誰が来るのだろう・・と思ってしまうロケーション。ということでガラ空き。
隣の森吉スキー場も潰れてしまったらしいし、ここもいつかは・・・なのかなと思ってしまう。

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今日もパウダー。ただ、斜度が無いのでボード的にはいまいちかな。あまりに寒くて、モチが上がらん・・・林間を滑ったり、パウダーゾーンを開拓したりして5時間券で13:00過ぎに切り上げ、阿仁合の駅の中でお昼。
すると列車がやってきた。いやー絵になるなあ〜

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みんなのマルイでお買い物は滑りモードからすでに旅モードへと変更。こりゃースノートリップじゃなくてみちのくの旅だね。最高!

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急遽湯治宿をとり、後生掛温泉に泊まることに。

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お湯はそこまで好みでもなく、お風呂自体も思ったより小さめだったけど、アミューズメント的に楽しいね。そして湯治棟最高!酸ヶ湯のように自炊ですよ。

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それにしても部屋が地熱でサウナのように熱く、寝苦しくて起きること数回。下からの熱を遮断するためにキャンプマットを引いて、窓を開けはなって寝た。

Day3
朝起きると、久しぶりの晴れ!

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今日のスキー場、秋田八幡平はこんなコースなので↓

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実は期待していないのだが、リフト始発を目指して走ってしまうのは習性か?

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でも心配はまったくいらないようで。
スキー場はガラーン。あれ、リフト動いていますけど、車は3、4台・・・大丈夫だろうか。

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朝はマイナス8℃、圧雪してあるが雪は非常に良い。圧雪バーンも気持ち良いし、ゲレンデ脇の森も雪がサラッサラ。きもちええ・・・ここも5時間券で13:30まで楽しみました。

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東北道で南下して、秋田から盛岡は北上へ。今宵はメグ家に泊まって大宴会。
酔って悪ノリしました。

Day 4

網張温泉に行こうと最初は思っていたのだけど、2時間の北上は厳しいなあ・・・宮城に南下しようと考えていた矢先、ムラさんが鉛温泉に行くという案をだし、みんなで乗っかることに。
花巻市の鉛温泉スキー場は、メグ家から30分。なのにメグピー行ったことないって・・・なるほど。市営のスキー場。雪はあまりないらしく、ヤブとかちょっと出ている。

それにしても、安い!14:00までの午前券が1,500円。そして朝一はまさしく無人。
リフトはロマンスが2つだけど、意外とコース取りが良くって、気持よく滑れた。なんせ、独占貸切だし、こんなの初体験。
沢山の降雪があった翌日とか、じつはやばいのでは。

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昼過ぎまで滑って、大沢温泉へ。
ここも湯治部がある古い温泉。川沿いの露天風呂がかなり気持ち良い。お湯は透明だが、すべすべと肌にまとわりつき、好みの湯だ。
10円コンロや自炊用の充実した売店もステキ。いつか泊まりにきたいなあ〜。

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15:00には花巻I.C.に乗り、まるで目指す頂きに立った後の下山道のように、脇目もふらず南下する。

21:30には川崎に我が家着。行きは遠いけど、帰りはなんだか近い東北。
素晴らしき仲間との、素晴らしい旅だった。また行こう。

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おまけ、岩手のPAで見かけたポスター。

抱負というか自分への教訓というか

1.
迷っている時間がもったいない。失敗しても、早く決断せよ

2.
流れに身を任せるのはほどほどに。自分の望むところへ選択せよ

3.
人生を悩むのは永遠と続くカルマであるから、まずは今のことを一生懸命やろう

と、新年に思ったのであった。

それと
子どもの成長矢のごとしと最近本当に感じるので、その瞬間をとくと見つめ、たっぷりと共に楽しもうと思う。あと今年は家族/仕事/自分を三本の柱として、どれもがんばってみる。

ひとまず明日から仕事が始まる。

2011年を振り返る

2012年になってしまった・・・

ぐずった子どもを寝かしつけに行ったら、そのまま自分も寝てしまい、いつの間にか年が明けていた。言い訳だらけの2011年を象徴するような出来事だった。

さて、2011年の年内中にまとめようと思ったことを、こうして2012年の新年早々書いている。現在1:30だけど、寝るまではまだ2011年ということにしよう。

こうやってその年を振り返ったり、年末の挨拶や新年の抱負など、年というものの区切りを大切にするのは日本ならではなのだろうか、とちょっと不思議に思った。年末年始の休みも多いし、必然的に皆が一年をまとめ、新しい一年になにかをかけるのだけれど、それはとてもいい風習だと思う。時間を大切にしていけるという意味でも。

さて、2011年。35歳、すべてが変わってしまった一年だったと思う。そして前の状態には二度と戻れない。

2011年をまだ、今年と思って書いてみる(笑)
まず、嬉しいことに子どもが生まれた。昔から子どもが大好きだったのだけど、自分の子どもは想像以上にかわいく、日々デレデレしている。こんなにかわいいとは思わなかった。意味もなく、幸せだなあと思う日常はなかなかいいものだ。

独りだった時の自分はもうどこにもいなく、一人の時の感覚をもう思い出せない。独りの時の自分とはまったく異なる自分に変化してしまったみたいで、不思議なんだけど、なんとなくもったいなくもあり。この変化に戸惑い続けた一年だったように思う。

そして子どもがいることが、こんなに大変な事だったという事も初めて体感し・・・すべての親を尊敬した。
物事の全ては当然のごとく、子どもが優先となり、それにかこつけて、たとえ自分が怠けた時でも、子どものためだから仕方ないかと思ってしまうというダメな自分の側面もあった。これは来年改善すべきこと。

もう一つ、全てを変えてしまったのが大震災と福島の原発。
自分が生きていた中で、想像できない出来事だった。悲しくて悲しくて、ことあるごとに涙した一年というのも、初めてのことだったと思う。決して忘れられない出来事だし、来年も被災地には足を運びたいと思っている。しっかりと自分の目で見続けたいと思う。

そして原発の事故。
これまで、少なくとも有機農業や地産地消や、そのような生き方暮らし方を尊敬し、できる事をしようと思って暮らしていた身としては、この原発によってすべてが変えられてしまった。
小さい子どももいるので、とにかく汚染されたものが気になる。有機だとか環境に良いという視点よりも、どれだけ原発からの距離があるか、放射能に汚染されているリスクが低いかという視点でものを選ばなくてはいけなくなり、10年以上大切にしてきたことが、崩壊してしまった感がある。これは来年も続くのだろうと思うとつらいなあ。

この二点がやはり自分の中では2011年を象徴していたし、自分の根底を覆して変えてしまったという点でも遥かにおおきな出来事だった。

2012年のことは、また新年しばらく考えてから書きたいと思うけど・・・
ただ、やろうやろう思ってやらないことが多い2011年だったと思う。この年末に振り返ろうと思っていたことやこのブログのポストですらそう。
なので、有言実行ではないのだけど、自分の中でやろうと思ったことに関しては、後にずらさないで、言い訳しないでやっていこうと誓った。
もっとしっかりと、丁寧に、時間を日々大切にして生きていこうと思う。

ありがとう2011年!おやすみなさい