いつも心にオアシスを

今週も、うーーーーんと思うことや、はああああと思うことが起きたんだけど、いつもと違ってそこまで苦じゃないというか、打撃がないというか。なんでかと振り返れば、週末の苗場でなんだかスバラシイ瞬間を味わったからではないのか、と思うのだ。

以前、働いていた会社の日本撤退が決まったとき、みんなが落ち込む中、僕は対して悲しくなかった。そのときちょうどパキスタンに自転車で一ヶ月旅行した直後で、心が充実感、充足感で満ち足りていたからなんだ。

ということで、改めて思ったのは、仕事でうまく行かないとか、プライベートで嫌なことがとか、いろいろあると思うのだけれど、自分の中にしっかりとした自分があって、そこが満足で満たされていれば、たいして苦しいとか辛いとか思わないのかもしれないということ。自分の好きなこと追求して、自分の中にオアシスを持ち続けようと思った。そうしたら、何が起きてもきっと大丈夫だと思うのだ。

如何に自分自身が充実しているかということ。大切なのはたぶんそこなのだ、と。

Naeba 2nd

姉家族と苗場に。
我々もそんな年になったかー、としみじみ。

夫婦交代で滑ったのだけど、雪質がよく非常に楽しい。たった一人でぐるぐる回す。ナイターまで行った。
やっぱり好きなスポーツの定義とは、仲間がいないとやらないのではなく、一人でもやるモチベーションがあり、かつ一人でも楽しいのがホンモノだなと思ったのだった。仲間と行くのはレジャーなり。

なんだか心が充実しまくった、最高な時間を一人で過ごせた。
もう10年以上滑っているのに、決して飽きないスノボードというスポーツ、すごいなあ。

遥かなるもの

ちょうど一年前の2月15日は雪がたくさん降った翌日で、我々は深夜に産婦人科へと向かったのであった。
彼がこの世界にやってきたのは朝の6時。手を大きく振りながら、精一杯叫んだ

babyborn02

2週間、名前を考え続けて、遥(はる)という名前にすることにした。自分はこれまで、旅行をするのが大好きで、遥か彼方に想いを馳せるのが大好きで、遥か彼方は自分にとって最も魅力あるものだったから、そこから名前を借りることにしたのだ。密かに心の中で、彼こそが自分に取っての遥か彼方なのかもしれない、と想像しながら。それを期待しているかというと、少し違うのだけど。

子どもを育てるということが、如何に大変かと思い知った一年だったと思う。しかも、これはあと十年以上続く、やれやれだ(笑)。もちろんその苦労と引き換えに、かけがえのない時間や幸福感を与えてもらっているのも事実だ。
予想以上に大変だったからか、一歳という節目など、永遠と来ないのではないかと思った。

でも、その日は明日あっさりとやってくる。2月16日、彼は一歳になる。ゼロ歳から見たら、ずいぶんとお兄さんだ。
なぜか、一歳になってしまうのが、成長してしまうのがちょっと寂しくて、ゼロ歳の彼に会いたくて今日は急いで帰って来た。ぎゅっと抱きしめて、泣かせながら一緒に眠った。お母さんじゃなくてごめんよ。

彼が遥かなるものかどうかなんて、やはりわからない。考えることでも期待することでもないのだろう。
ただ、間違いなく言えるのは、遥は我々がこれまで経験も想像もできなかった新しい何かをもたらしてくれるだろうということだ。そんな未来は今よりちょっと楽しいに違いない。

八海山

最近なにかと名前を聞くことが多かった八海山へ。

天気予報では前日降るはずが、ざんねん、降雪なし。
しかも前日の気温は高かったようで、無垢な斜面を見つけても、ややクラスト気味。それでもボコボコの非圧雪エリアをせめて、セットバックにして、足がパンパンになるまで滑り切る。

なにやら修行のようでしたが、いい練習になりました。あとすごい可能性を秘めているゲレンデだった。そりゃー、遭難事故も頻発するわけだね。
本当は翌日も、翌々日も滑る予定だったのだけど、ムスコ41℃にて、とんぼ返りとなる。雪はまた降る、また来よう。

過去に戻るか否か

ドラえもんのポケットから出てくる道具の中で、今の記憶そのまま過去に戻れるという道具があった。はるか昔に読んだ漫画なのに、そのシーンが強烈で、いつもその道具を使って、戻るならどこに戻ろう、と時に夢想する人生だったような気がする。

小学校の時なのか、高校なのか、はたまた大学か。何れにしても、その道具で過去に戻れるのはすごくステキだし、そんな反則技をできるならいつかしてみたいなあと本気で思っていた。

最近、会社の帰り道に、ふと同じようなことを想像したのです。いつに戻る?って。
で、思ったのだ。もう戻らなくてもいいのかも、と。

息子くんは、嫁はんと、あのタイミングでしか生まれ得ないわけで。違う人はもってのほか、同じ人でも日にちが違っていたらきっと違う彼。だから、過去に戻ると今の人と知り合う可能性はかなり低いわけだし、かといって奇跡的に巡りあったとしても、彼が彼として生まれる可能性は殆ど無い。

だから、もちろん想像、妄想の世界だけど、過去に戻る必要性はもうなくなったのかもなあ、とふと思った冬の夜であった。