あの時の東北へ -3-

石巻から北へ。
南三陸の志津川へと向かう。ここは僕が見た中ではもっとも被害が大きかったような場所で、ずいぶんと記憶に残っていた。ある意味、復興の過程をしっかりとみたいと思っていたし、期待していた。

中にいないので、外からの印象しかわからないけれど、それはあまり進んでいないように見受けられた。がれきの山は以前より高くはなく、基礎だけ残ってそれ以外のものが取り除かれた大地は、比較的キレイだ。でも、散らかしたおもちゃを片付けたような。そしてその後は何も手をつけていないような。そんな印象だった。


被災地観光バスがひっきりなしにやってきて、役場跡を見学していた。
そこからは海岸沿いに北へ。

がらんとした平野を走る。
確かにとてもキレイにはなっている。でもそれは整理されただけだし、ここにまた人が住むのかは不明だろうし。かといって、完全な更地にするのも時間がかかるのかもしれず、いろいろあるのだろうなと思った。
簡易コンビニや簡易商店街みたいな場所をいくつか目にした。

都会ではきっと多くの人が東北のあの震災を、もう過ぎたこととして過ごしているのだろうけど、ここではまだ現在進行形だ。

2時間くらい走って気仙沼に着く。
ここは広大な大地がしっかりと整地されていて、がらーんとしていた。
この面積がすべて津波にのまれたのかと思うと、本当にびっくりせざるをえない。ただただ唖然とするばかりだ。一年前に訪れた復興市場もまだ普通に営業している。

一駅先の鹿折唐桑駅へ。ここには陸に上がってしまった巨大な船があった。
現在地元の方と行政とで震災遺産として残すか否かをややもめているところと聞いた。

地元の人の気持ちもあると思うけど、僕は残すのにおおむね賛成だ。
お昼は、唐桑の復興市場で。いくら丼を食べて、たくさんのお土産を買った。

ムスコがまだ1歳なので、そして家は500km以上離れているので、お昼には帰ることになった。慌ただしい滞在だったし、通り過ぎるだけだったし、ボランティアなどをしたわけではないから、地元の人の生の声は聞いていないけれど、それでも来れて良かったなと本当に思う。

東北は忘れないよ。ちゃんと思いを馳せ、しょっちゅう来られるわけではないけれど、来られる時にまた来たいと思う。