Forget Me Not 2014

今年のCreative Writing の同窓会となるForget Me Notの作品も、横着してキューバの写真とストーリー。

心の深い部分にかすかに残っていてふと思い出す昔の写真や文章がある。10年以上前に見たハバナの写真がまさにそれだった。記憶というのはとても不確かで、その多くは湾曲されたり都合のいいように変換されているから断定はできないのだけれど、確かナショナルジオグラフィックのハバナ特集で旧市街でサッカーをする子どもたちが写っていた。忘れられない一枚の写真とカストロが亡くなる前に行きたいという思いが相まること数年、ようやく足を運ぶことができた。

ハバナからすぐに南下をすることにした。旅で一番好きなことが移動すること。まだ見ぬ景色にイメージを膨らましてる瞬間が何よりも好きだから。バスに17時間揺られて自然豊かな最東端の街バラコアへ。
前日にはハバナでヘミングウェイがあししげく通ったと言われるバーにいた。そして今日はかつてコロンブスが上陸した浜に行き、カストロとチェ・ゲバラが泊まったというホテルに泊まり、バーでモヒートを飲んでいる。いったい今がいつで、ここがどこなのか、ラムの効果も効果もあってか心地よい混乱の中にいた。

坂の町、サンティアゴデキューバは革命の象徴的な場所。
1953年7月26日、独裁者の圧政に反旗を翻してモンカダ兵営を襲撃した若きカストロは61名の同士を殺され自身も捕まる。弁護士だった彼は自分を弁護し世論の支持も受け数年後に恩赦で釈放。メキシコへ渡ってゲバラ含めた同士を連れて3年後に戻ってくると、山中での2年に渡るゲリラ戦を経て革命を達成するのである。カストロの執念と偉大さを感じた場所だった。

夜行バスで夜明け前の街につく。
こんなにも美しい街を近年見たであろうか。トリニダーはかつて奴隷貿易で大いに栄え、その終わりとともに眠りについていた。

1週間ぶりにハバナに戻ってきた。都会の心地よい喧騒。通りでサッカーをする少年たちは、まるでナショジオの写真のようだ。
大西洋に面したマレコン通りを何度も何度も歩いた。娯楽の少ないキューバならではなのか、暑さの収まる夕方から人々が集まってきて談笑をする。それは平日でも休日でも、そしておそらくクリスマスでも変わることはないのだろう。
90キロ先のアメリカ大陸のフロリダは今日も見えなかった。