地震メモ Day1-5

かつて我々が体験したことがない事態が、今なのだと思う。
被災3日目になってようやく実感として感じた。何かのために、とか、今後のために、とか、ついつい我々は未来へと担保する癖があるのだが、いま起きていること、この状況こそがまさしくその担保を使うときなのだと思う。なにも未来へと備える必要はない。やりきろう、出しきろう。

こんなこと体験できないと思うので、雑感になるがメモをしておこうと思った。記録はただの自分への記録です。
と、ここまで書いて実はさらに二日経ちいろいろな事がありすぎて記憶が不確かになりつつあるのだが・・・

DAY 1
職場は横浜中区、メゾネットの5階、すなわちビルだと8階くらいの高さか。
ぐらぐらと最初はゆっくりと揺れ、その後激しく。廊下に様子を見に行くとさらなる揺れを感じたので「外に出よう」という同僚の一声で、スリッパで何も持たずに階段を下りることに。
最初は駐車場に避難したのだが、さらなる揺れを感じ、近くの公園に逃げることに。
人々がパニックになり、手を上げ叫びながら公園を目指している、目の前で転ぶ人もいた。とにかく、これまでの人生で一番揺れた。ガシャンガシャンとビルが崩れる音。
今にも近隣のビルがすべて崩れてきそうだった。こうやってある日突然人生の幕が閉じるのだろうか、と走りながらも冷静に考えが頭をよぎった。

その後の経緯は関東のほとんどの人が体験した通りだと思う。
スリッパ一つで携帯も財布もなく、情報がまったくない。何がおこったのかまったくわからなかった。そして携帯を取りに行った後も、電波が繋がらなく、この情報社会において情報がここまで入らないとは・・・としみじみと感じた。
避難している公園には2-300人以上の人が居たように思う。それでも警察も消防もついには来なかった。規律は乱れることなく、自主的なよい日本人たちだった。
以下、近隣の写真。
→こちらから

家族とも連絡がつき、無事を確認し、交通機関が麻痺しているので17km先の自宅まで歩いて帰ることに。
今となっては申し上げにくいが、状況がわかっていなく、逆境好きなのでちょっと気持ちが高揚し、ワクワクしちゃったのも事実。歩いている人々との連帯感。まるでコンサートや祭りの帰り道のよう。
新横浜駅を通過すると、パチンコをしている人がいたり、金曜日なので飲み会の若者がいたりで、横浜の揺れとは無縁なような、気楽な世界。ギャップを感じつつも、中間地点で回転寿し屋に入った。
寿司とビールを飲んだ。ここも至って平和だった。
「今日帰れなくなーい?」とバイトの女の子たちが気楽に話していたのが印象的。

家までの時間がだいたい判明し、暗い道に一人になったのでワンセグでニュースを聞きながら帰ることに。思っていたより尋常ではない被災地の様子が伝わってきて、自分がなんて甘い考えだったのかと思い知った。下手したら死者は100人いってしまうのではないかと思った。

帰宅し、家の中がほとんど無事なのを確認したのち、逃げられるように必需品(防寒具やライトなど)をまとめ、ニュースをつける。そこには生々しい津波の映像が映っていた。まるで悪夢のようだ。911のニュースみたい、しかも自国・・・
眠気に勝てずテレビをつけたまま寝たが、何度か余震でびっくりして起きた。

DAY2

たいして寝てないけど7時に起きてニュースをつけると釘付けになった。テレビの前から離られない、離れてもまた戻ってきてしまう。すごい映像だった。ほんとうにまるで911。それも外国ではなくすぐそこだ。いろんな悲しさ、そして人間のたくましさを見て胸が熱くなる。涙が出る。
同時にtwitterからも目が離せなくなる。リアルタイムなみんなの思い、そしてニュースより早い情報。ある意味一番災害に適したメディアだと思った。麻薬のように癖になるけど。今回フィーチャーフォンはまったく役に立たなかったが、スマートフォンが威力爆発だった。家族と連絡を取れたのもtwitter。普通の携帯もNTT地上波も通じなくなってから、通じたのがスカイプ。twitterやfacebookでの安否情報や海外からの応援メッセージ。世の中はこっちのベクトルに向かうんだなとしみじみと思った。

地震発生時に運良く実家にいた家族を迎えに埼玉へ。電車は各駅運行だがおおむね順調。
埼玉はかなりのどかで災害意識が横浜のそれとは違った。

夕方になって原発問題でざわつく。またしても目がニュースに釘付け。
この日も、死者は500人超えてしまうのだろうか、という、自分の甘い予想。
入ってくる情報は限定的で、日本のメディアは速報的なニュースを繰り返すだけで、この災害をまだ俯瞰できない自分がいた。

DAY3
ようやくメディアもまとめた放送を始めた。
やっと物事を俯瞰して捉えられるようになった3日目。その被害の大きさ、津波の爪痕にただただ圧倒された。呆然とする、涙こみ上げる、日常に意識が戻る、とその繰り返しで忙しい。

車で60km離れた越谷の実家へと帰る。
昨日は麻痺していた高速道路ももとに戻り、そして当然移動する人もあまりいる訳がなく。

帰ると近所のおばさんに、「スーパーで物が売り切れているから行った方がいい!」と煽られた。いずれにせよ食料ゼロだったので行くことに。カップラーメンや米、ティッシュや缶詰などは軒並み売り切れていたが、生鮮食品は売っているし、普通に買い物をして帰ることにした。
近所のガソリンスタンドは軒並み売り切れ。そうか、こうやって大衆がパニックになっていくだ・・・
実は、原発が本当にやばくなったら西に逃げようと思っていたので、ガソリンは入れておきたかったのだが、そのいざが来たら渋滞で車が動く訳がないと思い、燃料の補給はやめた。
ただ、灯油は買いに行った。普通に買えた。灯油系の暖房は地震がおこると火事になるから、使用しないのかな、と思いきや、電気が切れたときにと電源が必要でない灯油ストーブがどこでも売り切れているのがおかしかった。
大衆心理は面白いなと思う。

ふつふつと湧き上がる気持ちがあって、来週落ち着いてたらボランティアに行きたい!と家族に思いを伝えると、新生児がいて危険なんだからやめて、とプチケンカ。たぶん俺がいけなかったと思う。

DAY4
ついに平日。仕事は自宅待機となったのだが、首都圏の交通機関はカオスとなっているよう。
株の暴落、大暴落。
今日から計画的停電が行われるとの報道で、近所のスーパーの前には数百人は並んでいるのではないかというおばちゃんの行列。ホームセンターに保冷剤を買いに行くと、カセットコンロやランタン、懐中電灯にクーラーボックスを抱えた人たちで、ここもカオス。
なんだかみっともないなあ〜と思う。物流が壊滅的な訳でもないんだし、待てば明日でも買えるでしょうと声を大にして言いたい。
ちょっと笑えたのが、ランタンが売り切れていたのだが、ランタンの変わりにと庭に指すソーラー電灯を箱買いしていた人々。こうなると正確な思考回路がなくなるものなのね。

家で仕事をしなければいけないのだが、刻一刻と原発の状況が変わり、ネットとテレビから目が離せない。
死者や行方不明者は自分の予想より5倍以上多く、入ってくるニュースや情報が暗すぎて、精神的にひどく疲れてしまった。病気のようにツイッターを見てるよ、と妻の一言。
ツイッター休憩をとることにした(笑)。

夜になって原発の状況はさらに緊迫する。

DAY5

深夜に原発状況はさらに悪化。昼前には普段の10倍以上の数値が観測。
株は2日間で20%くらい暴落し、ひどい有様だ。ちょっと滅入り、いろいろ心配になる。
仕事をしている場合ではないよなあと思いつつ、でもできるだけ平常に過ごそうとは思う。

街はようやく少しはまともに動き出した模様。マックも買えたし、スーパーは品薄だが待ち時間はあまりなし。パンや米は売り切れだが普通の生鮮食品は買える、いいじゃないか、これで。

しかし原発だけが気になる。状況はさらに悪くなり、世界が体験したことがないゾーンに入っている。スリーマイルは完全に越えたよう。すると世界第二の原発事故認定だ。
主に原発反対派の人々のツイートがすごい。東京から逃げろとの情報。
フランス大使館とドイツ大使館も首都圏の自国民に退避勧告を出した。

でもさ、海外とか旅行していて、思うんだけど、自国の大使館が渡航自粛勧告とか出している場合でも、行ってみると平気なこともあるし、住んでいる我々がもっとも情報を持っていて冷静に判断できるはずなのだ。

葉山在住で広島に逃げた友人から連絡があり、山と一緒で危険を感じたら早く逃げろと助言をされた。
うん、言いたいことは凄いわかる。そして、いったん頭を冷やしていろいろな情報を精査すると、ここにいても大丈夫だと思う。でもやはり生まれて1ヶ月経たない子どもだけが心配なのだよ。
彼の安全を、俺は保証できない。確実に大丈夫だと約束できない自分がいる。

そして原発はこの数日で絶対に好転しない。
朝起きたらチェルノブイリになっているかもしれない。
たとえ、チェルノブイリになってても正直大丈夫だと思うよ。多少は被爆したってこの距離ならあまり健康の被害なく生きていけるだろうと思う。
ただ、何かが起こってから行動を起こそうとしても、この大衆のパニックぶりを見ると、そのときが来たら遅いんだろうなと思う。

せっかく来ていいよと言ってくれている姫路の親戚がいるので、家族会議の結果、疎開することにした。
心配しすぎだと正直思う。だけど、「心配しすぎでバカだったよな〜」と後々笑えるのが一番いい状況なわけで、なんと思われようが安心できる、心安らかになる方向でやってみよう、と思った。

あの日からたった5日。
我々の生活や仕事、人生は地震でまったく違う方向へと動こうとしている。
でもそれが人生だし、それが自然だし、だれも責められるものではない。そんな不確かな世界に我々は住んでいて、だからこそ人生は儚く尊く美しい。

2 Replies to “地震メモ Day1-5”

  1. 食料の買い占めは???と思うのですが、疎開については、バカげた行動とは思い切れない…原発に関してはぬぐい去れない不安感がありますね。
    ついこないだ生まれたばかりの赤ちゃんがいるうえでは、賢明なご判断だったのではと思います。
    と云っても、当のタクジさんは、まだこちらにいらっしゃるわけですが…!
    お互い、気をつけて乗り切っていきましょう…しかしガクブル。

  2. >のぎくちゃん

    まー、正解はわからないが担保しても良いと思ったよ。
    大人は老けてカサカサだから平気だよ、おれとか。
    うんがんばろー。
    同じく長文エントリーしてたね。じつは毎回欠かさず読んでいるから、買い物の話を除き(笑)

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