スノートリップ2016 / ニセコへ

最初にニセコに来たのは何年なんだろうかと、ブログを読み返してみる。ブログより昔に来たらしくわからなかった(笑)
真也と格安ペンションツアーで来たのはもう10年も前じゃないだろうか。ナイターで貪欲に滑り、アンヌプリに登り、新雪ダイビングをしていたのが記憶に残っている。
その後、2009年にカッセと真也の3人で来た。相変わらず花園のコースの脇でジャンプをしまくっていた。→これだ
最後のニセコは2010年で固定メンバーの真也と、村さん、メグちゃんという4人。その後旭川にレンタカーで向かったので、ずいぶんと長い日程だったのだろう。→読み返すと8日間
その後も毎年のように長めのスノートリップは続いた。年々混雑し、外国人比率があがってしまうニセコを避けるようになり、旭川近郊や、東北の奥地、果ては利尻へと毎年場所を変え、メンバーを変えていろいろと滑った。完全な固定バディは真也で、カッセや村さんもほぼほぼ固定メンバーだった。

今回3年ぶりにスノートリップの号令が真也からかかり、久しぶりに北海道、そして久しぶりにニセコに行こうよ、となった。いとも簡単に3年ぶりとなってしまったのは、一昨年はアコンカグアに出かけていたし、昨年は娘が2月に誕生していたからだった。メンツは4名で真也とカッセ、あと一人が誰だかはなぜか今は書けない(笑)。まあ、年をとるといろんな大人の事情が出てくるものみたいだ。

始発で新千歳へと向かい、レンタカーを借り、キノコ王国へと寄り、モイワに着いたらもう13:00。旭川よりゲレンデが遠いよね〜、と今更ながら。いつもはヒラフの「白雲荘」に泊まっていたのだが、改装中ということでモイワの伝説的な宿、「ウッドペッカー」に宿を取る、しかも4連泊で。もう2時間しかなかったのでモイワを滑る。実は初めてである。クワッド一本、ペアが2本の小さいゲレンデだけれど、レイアウトはなかなか良く、自由度も高い。今日がいわゆる「The Day」だったらしく、すでにすべてがギトギトで森のなかよりもグルーミングバーンが楽しい。
エッジに乗る、意識する、スピードを殺さない。心のなかで理想のターンを描きながら自分のためだけに滑る。向上心を常に持つ。毎ターン大切にする。それは本当に気持ちがいい瞬間。前だったら当たり前のようなただの一ターンがあまりにも貴重である。なぜなら今シーズンはまだ半日しか滑れていない。ゲレンデにはもっと行ったけれど、スノーボードではなくスキーで子どもと一緒である。なので自分だけのために滑れる、ただ普通のようなこの行為が純粋に楽しい。

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最終リフトまで滑り、宿に戻って温泉へ。3回ニセコの温泉が入れる、湯めぐりパスを購入しニセコワンリゾートというところに行ってみたけれど、温泉入浴の勝手がわからない外国人だらけのイマイチなエセプレイスだった、残念。夜はウッドペッカーでハンバーグとサンマを食べてサッポロクラシックでグダグダ。ソファーで寝てたら9時過ぎにSOS。新千歳からの交通を失った友人Mだった。かくして深夜の雪道4時間耐久新千歳往復となった。(ドライバーじゃなかったので4時間バックシートで寝てただけだが・・・)

二日目
平日で空いてそうだし、一度は行っておきたいグラン・ヒラフって事になった。チケット券売所に行列ができ、やや遅いスタートで8時間券。なんども来たゲレンデだけあってか、コースレイアウトはすぐに思い出した。曇だったし、強風で上部ゲートもリフトもクローズだったけれど、最高のゲレンデだと思った。やっぱりここ好きだわー。なんで何年もご無沙汰しちゃったんだろう、毎年来たいな、と思える日本に誇るゲレンデである。壁に当てる、森を滑る、ピステンをならす、コブを滑る。どれをとっても楽しい。結局ナイターまで滑ってしまった。

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夕食は厚いお肉の生姜焼き。食後には五色温泉。ビールを飲んで撃沈。

三日目
なんと2月のニセコで朝から雨。もしかしたらキロロは雪かもしれないと、淡い期待で1時間車を走らせるも、雨の上にゴンドラは強風でストップ。そんなスキー場にプレミア価格を払う気にもなれずに、朝里川温泉スキー場に行くことにした。後で聞くと基礎スキーの聖地らしい。ニセコと違ってレイアウトは悪い。雨、そしてストップスノー。メンバーの内二人は早々にあがってしまった。冷静に考えると、のんびりしているよりは滑っている方が楽しい時間の過ごし方のはずと思って、カッセに付き合ってもらって全リフトに乗り(といっても4本)、全コース制覇して、リフト券の元もしっかりとってあがり。

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その後小樽に行き、うにいくら丼を食べ市場でショッピング。今日の行動はだれも予想できなかったな。夕食はチキンソテー。お風呂に行くのをやめ、ウッドペッカーな住民たちと触れ合った。

ウッドペッカーはニセコ雪崩研究所を設立して、世界に誇るシステムを作り上げた新谷暁生さんがやっている宿であり、いつかは来てみたかった場所。自分は新谷さんの本を読めていないのだけれど、一通り読んだ真也やカッセが小出しに伝説を教えてくれる。三浦雄一郎をアコンカグアにガイドしたとか、パタゴニアのベンチュラで大工してたとか、玄関のシュイナードCマークは本当にイボンが書いたのだとか、まあつまりはすごすぎる人の宿なのである。その新谷さんが貴重なDVDを皆に見せながらネパールのことを語っていた。それは若き三浦雄一郎のエベレスト滑降の物語であった。版権はアメリカが持っているため、貴重な映像であり、すべて英語である。「この時代にはさあ、植村直己と三浦雄一郎のどっちが最強なのかってよく論争が起こったもんよ」「ここが昔のナムチェバザールでさあ(と会話する横で、まさかのウッドペッカーの実際のお手伝いさんはシェルパ族!)」ミラクル過ぎて何も言えない。新谷さんの話もとてもおもしろい。時代を生き、作ってきた人の話である、面白いというよりはすべてがありがたい。そもそも山登りなんて神様の領域を汚す行為なんだから、那智の滝に登りたいって思うのも当たり前かもしれない、という話から坂下さんの話、谷口ケイさんの話、雪崩調査の話など、ここに泊まってよかったなあとシミジミと思ったものである。だかして、自分たちがここに泊まっているのはよく分かる。レジェンドの宿だと昔から知っているのだから。

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でもなんなんだ、この外国人の宿泊者の多さは・・・(笑)。しかも国籍がバラバラである。アメリカ人にカナダ人、スウェーデンにフィンランド、いったいどうやってここを見つけるの?と聞くと皆口コミだと言っていた。友達の友達が泊まっておすすめされたとか。実はフィンランドでは新谷さんが雑誌にかなり出てて有名なんだとか。
「新谷さん、明日は山はどうですか?」「ゲートは空きそうですか?」「数日天気はどうですか?」日々そんな英語の会話がいきかい、外国のユースホステルにでも泊まっているような気分だった。
ウィスラーやソルトレイクから来ていたスキーヤーに、すぐ横にワールドクラスのリゾートがあるのになんでニセコに来たんだと聞くと意外な答えが返ってきた。ここでのツリーランこそが自国にはないものであり、特別なのだと。自国では密度の高いパインツリーばかりで森のなかは滑れたものではないと。でもニセコのバーチツリーの森のなかの滑降がすばらしい体験であり特別なのだ、と。外を知ることは、自国を再発見することでもある。

4日目
昨日より激しい雨予報。
宿でのんびりするのもいいけれど、雨あがりを待って悶々とするよりは、悶々を追い払うために雨の中をまずは滑ってしまおうと9:30に一人でモイワに向かった。フード無しのリフトは雨が吹きっさらしでかなり萎えた。でも板は走り、滑降自体はやはり楽しかった。フード付きのクワッドが動き始め、真也が合流し1時間位回した。走ってしまえば楽しい雨の中のジョギングと一緒で、雨の中のスノーボードも宿にいるよりは数倍楽しかった。

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蘭越のラーメン屋でランチを食べ、今年で閉鎖してしまうという秘湯・新見温泉へ。粘り気のあるいいお湯だった。ビールを飲んだせいか、ちょっと眠くなり、ウトウトとシエスタ。はっと起き午後のスキー場へと一人向かう。天気予報ははずれ、雨は振り続け、ゲレンデは貸切状態となった。クワッドからペアリフトへ。最終時刻が迫っているのに客は自分一人。リフト係とスワイパーとして待ち構えるパトロールの「まだ行くの?」という暗黙のプレッシャーに、申し訳なく思いながらグルーミングバーンをラスト二本。終了3分前に上がるとリフト係が喜んで手を振ってくれた。
夕食はトンカツ。新谷さんと最後の貴重なトーク。2012年の岳人に載っている「30年後」という手記を課題図書として教えていただく。

最終日
昨日はプラス5度のくせに今日はマイナス15度である。期待していた雪はあまり積もっておらず、そのくせ風は強く上部リフトとゲートはクローズ。天気的にははずしまくった5日間だったけれど、お天道さまだから仕方ない。キロロやルスツのプランもあったけれど、勝手知ったるグラン・ヒラフへと向かう。ほっぺたがもげそうになるくらい冷たい風だった。板が昨日の汚れのためか滑らない。リフトは強風で思ったように進まない。そんないろんな逆風で、早くあがって温泉にでも行きたくなったけれど、ニセコ在住の佐藤寿哉さんが合流してくれて、最後に楽しい時間をプレゼントしてくれた。最終日も朝から最後まで滑り続けられて本当に良かった。

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車で新千歳へ向かい、白い恋人とマルセイバターサンドを空港で買ってしまえば、今年のスノートリップの幕引きである。
昔しかできない、あの時の自分たちにしかできなかった旅があった。歳を重ね、年月が経ち、自分もだけれど、友人たちの置かれている状況も刻一刻と変化し続ける。あの時の自由な時間や自由なスタイルは、もちろんもう戻ってこない。それでも同じように、あの時の滑降を夢見て、またまだ見ぬ場所を夢見て旅を続けるのだ。今回の旅も今回限り、次はもう違う旅。こうやって時間は過ぎていくのだなあ。
時間というもの、自分が好きなこと、柱としたいもの、共に過ごす仲間。悪天候で滑ることに専念できず、アドレナリンが出なかったからなのか、そんなことが頭の片隅に浮かんでは消えていく日々だった。

一言で言うと、最高に尽きる。どんな形式にしろ、何かが変わろうと、ずっと続けたいスノートリップである。さあ、次はどこ行こう。

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