月の山へ

Ruwenzori: From Kavalli’s” Mount Ruwenzori with an African Village and a cattle herd in the foreground.

自分の中での夢の大陸がアフリカだった2002年。日本から船で中国に渡り、シベリア鉄道でヨーロッパへ。スペインからアフリカのモロッコへ渡った。
気に入った場所があったら住んでしまってもいい。そう思いながら旅したけれど、終の棲家にする場所はついに見つからず、ケープタウンから南米へと飛んだ。
それでも一年くらいかけてアフリカの大地を旅した。北アフリカのモロッコからサハラを越えて西アフリカへ。セネガル、マリ、ニジェール、ガーナなどの国々からカメルーン、チャド、スーダンを経て東アフリカへと入る。エチオピアからケニアへ、東アフリカを巡り巡ってマラウィからは南部アフリカへ。ジンバブエ、ボツワナ、ナミビア、そして南アフリカ。廻った国々は30ヶ国にのぼった。

サファリもしたし、グレード5の川も下った。歴史遺跡が乏しいなりの、壁画や王室などの世界遺産も見た。
山もたくさん登った。

北アフリカ最高峰のトゥブカル山。
西アフリカ最高峰カメルーン山。かつてはシナイ半島のシナイ山も。
エチオピアのシミエン国立公園。アフリカ第二峰ケニア山、最高峰キリマンジャロ。クレーターで有名なウガンダのエルゴン山。
かつてはトレッカーズパラダイスと謳われたジンバブエのチマニマニ。天空の島と呼ばれたマラウィのムランジェ山。

トゥブカル山、モロッコ
カメルーン山、カメルーン
シミエン山塊、エチオピア
ケニア山、ケニア
キリマンジャロ、タンザニア
エルゴン山、ウガンダ
ムランジェ山、マラウィ
チマニマニ、ジンバブエ

この中で欠けている山は明確だ。
それは中央アフリカ最高峰にして、アフリカ第三の山、ルウェンゾリ。

2世紀にギリシャの地理学者プレイトマイオスは、アフリカの中央部には「月の山」と呼ばれる雪を戴く山々があり、そこがナイルの源流だと仮説をたてた。
それから数十世紀を経て、時はアフリカ大探検時代へと入るのだけど、ようやく19世紀に探検家のスタンリーがヨーロッパ人としては初めて、この山を目にすることになった。リビングストーンもバートンも時の探検家は皆ナイルの源流を求め、ザンジバルからアフリカの密林をかき分け内陸部深くへ向かった。原住民に襲われ、熱病に冒され、滝や川に流されて多くの者たちが亡くなりながらも。その近くに居ながらも霧の中に包まれたルウェンゾリの姿を目にした探検家は多くはなかったという。ようやく探検家たちがナイルの源流を突き止めたのは1900年ごろ。17世紀も前のプレイトマイオスの仮説を証明しただけだった。ルウェンゾリは1800年も前から月の山と呼ばれていたのだ、なんともロマンのある話ではないか。

手元にある、かつてアフリカを一緒に旅し、もう絶版となってしまった『Trekking in East Africa』にはこのように記述されている。

“One of the last mountain range to be discovered by European explorers, today Rwenzoris remain comparatively unknown and rarely visited, still with an air of mystery and remoteness. The paths are narrow and trekkers often have to push through dense bush and bamboo forest, wade though deep bogs, or simply follow a vague line of cairns across bare rock slabs. The Rwensoris are a true African mountain wilderness and a trek here, although demanding, can be a very satisfying experience.”

もちろん、これが書かれた15年以上前と今の状況は異なるだろう。もはや神秘的な月の山ではなくなっているかもしれない。

それでも、この冬、かつての探検家に思いを馳せ、そしてミッシングピースを探しに、またアフリカへと向かおうと思う。今度は愉快な仲間たちと共に。
アフリカの水を飲んだものはアフリカに戻るという格言のとおりに。

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