アコンカグアへ -7- Holapico Expedition ハラペコ登山隊が行く

今回のチームは7名。
アコンカグアに行きたいんだけど、と言っただけでこんなに集まってくれてとても感謝している。
メンバーの了承なく、それぞれを紹介してみたいと思う。決意表明順。

カッセ
かつて、静岡で働いていた頃の仲間。気があって、俺の乱暴なスケジュールにもいつも合わせてくれて色んな所に言った。鳥海山から樹海の竪穴洞窟。ジャクソンホールに東北トリップ、そして今年は式根島まで。家がミカン農家で、桜えび漁もしていて、夏は登山ガイドもと多様なワークスタイル。「半農半遊」がモットーだったのだが、子どもが3人もできてそりゃー遊べなくもなってきたわけで。それでも、遊ばねーと、今でしょ!というアオリ的誘いにまんまと乗っかり、参加表明第一号。暖かく送り出す嫁さんと家族を、いつも本当に尊敬する。
人が良くて優しいためか、ワイフたちや家族にとてもウケがよい。

Teratown
チームのヤンゲスト。見た目は若くはないが・・・w。
実は一緒に遊んだことがなかった。共にCoyoteという雑誌のCreative Writing 講座の受講生で、期が異なるが面識はあった。2年前の信越110kmのエイドステーションでばったり会い、それからもトレランの大会ではしょっちゅう会い、そんな関係だったのだが、フェイスブックで誰か一緒に行こうぜーと書き込んだら「行きたいです!」とコンタクトしてきて表明第二号。ここから分かるように、軽い、すんごい身軽。トレーニングや飲み会やらで会ったり遊んでみると、面白くて奥が深い奴ということがわかった。言動に思わず「ぷっ」と笑ってしまう。後もつながって遊んでいけそうで、楽しみである。
慶応ボーイで超一流企業の戦士というギャップもすごい。

シンヤ
ホモ疑惑を持たれてしまうレベルのバディ。13-4年くらい前の職場での同僚で、当時からアドベンチャーレースに出たり、島に行ったり、職場が変わってもトレランの大会や海外や僻地のスノーボードに一緒に行った。今年は特に合同行動密度が高く、友達少なすぎるなと思ってしまったくらい。ま、それはこの俺の突然決めて突然行くというペースに合わせてくれるのが彼くらいからなのかもしれない。最近アウトドアでの歩行や登りの速度が遅いと思っているのか、自称牛歩作戦の牛くんと言っている。速くはないけれど、きっとメンバーの中では一番強い人だと思う。なので彼とフィールドにいるとあまり不安がない。
たぶん行くつもりはなかったんだろうけど、行きそうな人が増えてきた段階でうずうず病に発症して有給申請。某IT企業勤務。

村さん
元々はシンヤの友人で、立山や東北のスノーボード、北海道など、比較的長い冬の遠征に一緒に行くことが多い。サーファーであり、シーカヤッカーでもあるのだが、不思議と夏に一緒に遊ぶことはない。冬が来るたびに遊ぶ、そんな関係。
今年は旭川と利尻のスノートリップを共にした。チーム最年長が故か、悟りを開いたようなあきらめの早さと、いい加減さが売りだと思ってる。
利尻島までせっかく滑りに行ったのに、山頂はボーダーだから興味ないとか、ラッセルに疲れてガイドさんにもう疲れたからムリッ、ここから降りましょー、と言ったのは伝説的。この諦めの良さがもしかしたら我々を救うかもしれない。
山頂や登りは前述のように興味ないと思い、誘いもしなかったのだが、立ち話中にだって登りは興味ないでしょ?と聞くと「このレベルの登りはべつだよ」とニヤリ。
アウトドアメーカーで働いている。

玉ちゃん
紅一点。村さんの同僚で、会社最強の女子を誘った、と聞かされた。北米最高峰のデナリに二回行ってるし、もちろん登頂もしてる。なぬ!そりゃ凄すぎ!どんな女性だ?とフェイスブックで繋がったらプロフィール写真は鼻血が出てる。メールなどでのやりとりも、言葉が不思議で面白すぎる。かなりおもろいキャラだよね〜、と会ったことないのに噂をしてたのだが、富士山で一緒に行動すると印象とは異なるしっかりやさん!でもきっと面白キャラなんだろうな〜、と予想してるので、この長旅で殻が破れて知っていくのが楽しみだ。一つ、年下でアウトドアメーカー勤務。

ヒロキ
同い年。呼び捨てしたら怒られてしまうかもしれないくらいファンが多い。とある業界では知らない人はいない、あるマイナースポーツのパイオニア。何もないところから、歴史を開拓したのでとても尊敬している。だがとても天然でたまにそれにやられる。本人は全く天然とは思っていないらしいが・・・ほんと?
アスリートなので、とにかく我々とは体が違う。人間ではないくらい超越している。ある日メールが来て俺も行きたいんだけど、と垂直の世界も興味あることに驚いた。レベルが違過ぎるのであまりフィールドで一緒に遊ぶことはないけど、とても楽しみである。我々より2日後の出発で、会うのはベースキャンプの4300メーターなので、会えるのかやや不安だがなんとかなるでしょ。

そんな7名。
チーム名は友人がつけてくれたハラペコ登山隊。スペイン語でモジって、Hola Picoにした。こんにちは山頂!という意味。

それでは行ってきまーす。

アコンカグアへ -6- スイートルーム宿泊

最終トレーニング
いよいよ残り1周間を切り、みんなで都心のスイートルームに泊まりに行った。部屋代が6万円のこのスイートルームはちょっと変わっている。チェックインは21:00でチェックアウトは6:00。眠るのは床、それも寝袋で。シャワーもないし、トイレは部屋の外だ。値段をろくに知らないでやってきた友人たちは「え、そんなにするの!!」とびっくり。
手には15万円の血中酸素装置が付けられ、300万円の機器が我々を測定し続ける。部屋の外には、見張りのトレーナーが夜通し様子を見てくれている。そう、ここはミウラ・ドルフィンズの低酸素室。通常メニューとしては宿泊トレーニングは実施していないのだが、グループで特別に受けさせてもらうこととなったのだ。

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パジャマに着替えて部屋に入る。「もう4,000mですか?」との問に「ええ、4,000mですよ」とあっさり。まるでどこでもドアのような富士山頂より高い場所への気軽さに、おかしくなって笑ってしまう。
22:00に消灯となるはずが、テンション上がってしゃべり過ぎ、消灯を延長。それでも23:30くらいには眠りについた。富士山の山頂で眠った経験が活きてきたのか、あまり苦しくないし、頭も痛くない。比較的よく寝れたけど、それでも何回か目が冷め、猛烈にのどが渇いて水を飲み、明け方には0mのトイレへと出た。

6:00、「朝ですよ〜」と起こされ、計測結果が発表される。自分の場合は、眠るとすぐに血中酸素濃度がじわじわと下がった。60くらいになって、すとんと上がる。そしてじわじわ、またストンと上がる。どうやら、眠りが浅いらしい、そして酸素濃度が下がり過ぎると防衛本能で目が冷め呼吸をするのだという。すなわち上がったところで起きている。

イビキをかくシンヤはギザギザのグラフ、45まで落ちていた。恐ろしいのがヒロキでずっと80くらいをキープしている、神のようなグラフだった。テストでは睡眠が三角になっていたけど、今回は悪くない結果。富士山通いが効いたのだろうか。不安はだいぶ取り除かれ、それだけでも高いスイートの効果はあったんじゃないかな。

アコンカグアへ -5- 富士山ファイナルトレーニング

最後のフィールドトレーニングに出かけた。
鳳凰三山、八ヶ岳、金峰山などいろいろ検討したけれど、結局アプローチの近さと、標高の高さで富士山となった。
太郎坊に着くと、6人くらいの団体がテントを撤収してちょうど出発するところだった。今回は寺とカッセの都合のついた3人でゆっくりとスタートする。ぽかぽかの陽気で薄手のインナーになって汗ばむほど。
今回は標高差だけは完全に現地に似ている。仮想ベースキャンプからCamp2、Camp3だ。本番はこれと同じで、あとは空気が薄いだけだな、ととっても明確なトレーニングだった。とても役に立つ!

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7合目にテントがひとつ張られていた。「こんにちはー、テント泊ですか?」と聞くと「ええ、いろいろリハビリで」と。単独で来られている片山右京さんだった。あとでフェイスブックを見ると、心のリハビリでもあると書いていた。感慨深い。
我々は安全に、適当に、というのがモットーだったので、地面が氷で固まり始めたところからちょっと上がった2900mのテラスで終了。

ラーメンを作って眠る、持ってきた服を全部着込むとうつらうつら・・・
気持よく1時間寝てしまった。

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陽もだいぶ傾いてきたので、降りることとする。大砂走りがパット見は凍っていないのに、固まっていてとても変な感じ。雲が下に降りて行き、夕焼けと相まってとても美しい。山中湖には影富士がくっきりと映っていた。そして太陽が沈むと今度は空に富士山の影ができた。それは初めて見た光景だった。

この時期の富士山もいいな。昔は退屈な山だと思っていたけど、来れば来るほど違う顔を見せてくれて、とても味わい深い。多面性をもつ面白い場所だな~とつくづく思った。

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今日も無事下山。登山口と登りで挨拶をしたパーティーが翌日滑落して2名がなくなるという事態に。明日は我が身、気持ちを引き締めつつ、ご冥福をお祈りいたします。