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孤独と不安と葛藤と (ヨーロッパ)
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その先は何もなかった。あたりは見渡す限り海だった。海の向こうも海。陸地のかけらすらない。手元のコンパスはまっすぐ南西を指していた。
 絶壁の上に灯台がポツリと建っている。崖には絶えず波が打ち寄せ、風が容赦なく大西洋から吹き付けてくる。観光客もほとんどいない寂れた場所だった。かつてはキリスト教の神殿があったと伝えられるが、今は吹き渡る風の中に絵葉書売りがいるのみであった。
『ONE OF THE END OF THE WORLD』買った絵葉書にそう書いてあったのを思い出した。そうなのだ、ここは世界の果てなのだ。

 横風に殴られながらも、ぼくは気持ちの高ぶりを感じた。やっと端の端に着いたのだ、そんな気がした。そしてここから本当に旅が始まるのだろう。この端からもうひとつの端を目指して。
目的地はシンガポール。そこはもう一つのこの大陸の果てである。
 頭の中に地図を広げてみた。いったいシンガポールはどこにあるのだろう。あまりの遠さに場所があいまいだ。こんなことなら最初から世界地図を持ってくるべきだったな。
 無謀にも、今からぼくは、そのもう一つの果てまで自転車をこいで行こうとしているのだ。
 実際に距離は何キロあるのだろうか、果たして何日かかるのだろうか。頭の中を不安が駆けめぐった。
それでもぼくはわくわくした。やっとここからはじめられるという気持ちがぼくをそうさせた。太古の昔、この岬にたどり着いた人々は何を思っただろう。行き止まりという絶望か、それともここが出発点だという希望だろうか。

 日本を出発してからちょうど十日、電車を乗り継ぎ、フェリーに乗り、自転車をこいで、ぼくは広大なるユーラシア大陸の最西南端、ポルトガルのサグレスに着いた。本当なら、最西端の地、ロカ岬から出発するはずだったのだ。だったではない、実際そこにも行ったのだ。
 ロカ岬はポルトガルの首都、リスボンの西四十キロのところにあった。そこには海面140メートルの高台にあり、その波打つ絶壁の上には最西端を示す石碑が建てられていた。そこに行きえすれば「ユーラシア大陸最西端到達証明書」たるものをもらうことができた。だがぼくはそれをもらわなかった。ただ単に宿代の半額に値する発行手数料が惜しかったのかもしれない。でもそれだけではないような気がした。
 右を見ても左を見ても陸地はずっと続いていた。大勢の観光客が観光バスに乗ってきては、証明書をもらっていった。海は霧でかすんでいたが、その先に陸地が見えようと不思議ではなかった。
 ぼくにはどうしてもここが地の果てとは思えなかったのだ。
 ポルトガルにはもう一つ「最」がつく端がある。そこはどんなところなのだろうとふと思ったことから、ここサグレスに来てみたくなったのだ。

 サグレスに来て良かった。ぼくは心の底からそう思った。
「地の果て」
 その言葉には心を熱くさせる何か不思議な響きがあるようだった。
 自転車に乗った東洋人を不思議がって、カップルの観光客が聞いてきた。
「どこに行くの?」
「シンガポールだよ」
「シンガポール?」
 それは一体どこだろう。そんな顔をしていた。きちがいと思われたかもしれない。はたまた、ジョークの一種と思われたかもしれない。でもぼくの気は確かだったし、冗談のつもりなんてまったくなかった。
 先はまったく見えない。本当に着けるかどうかも定かではない。不安と希望が入り交じる。それでもぼくはシンガポールを目指すのだ。そこにはきっと何かがあると信じて。
さあ行くとするか。

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