台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.01

「北アルプスに行くような感覚で、隣国の山を登りに行ってみないかい?」 そんな軽いノリで友人を誘って台湾の山に行くことにした。
今年は年初からベネズエラ、ハワイ、アラスカ、ニューヨーク、イエローストーンなどなど国内外問わずたくさんの場所に行った。街へのトリップもあれば、自然の中もあり、仕事もあれば遊びもあった。ただし、一年を通じて純粋に自分のためのアウトドアができていたかと言えば、それは疑わしいし、年始のベネズエラからご無沙汰なような気がした。こんなに色々行っておきながら更に?、何を今更、とか思われそうだけれど、贅沢ながら自分のためのエクスペディションがしたい、仕事ではないプライベートなアウトドアがしたい、と切に願った。そしてそれは何らかチャレンジ的要素を含みたいとも思った。そうはいっても時間があまりないので、海外、それも近い台湾の山へファストパッキングスタイルで行こうときめた。

台湾は、今年の仕事で企画をご一緒したホーボージュンさんのリポートにもあるように、「日本には標高3,000mを超える高山が全部で21座ある。ところが台湾には3,000m峰がなんと144座もあるのだ……! さらにピークの数でいうとその数は200座以上に及ぶ。九州とほぼ同面積の小さな国土に、日本の10倍もの高山がひしめいているのである。」という山岳大国なのだ。10倍というのは3,000m峰の数であって、日本の山の規模の10倍というわけではないのだけれど、この隣国の山に行きたいと思って数年。ようやくチャンスが訪れたのであった。

メンバーはカッセや真也という変わらないいつものメンツ。その他にも声を色々かけてみたけれど、乗ってきたのがオカピーこと岡村さんだった。「実はファストパッキングで行きたいんだけど・・・」もしかしたら皆は大型パックを背負ってのんびりと歩きたいのかもしれないので、ここが超えるべき最初のハードルだった。自分勝手な理由として旅にチャレンジ的要素を含みたいからであった。他の人がブログに上げているような、2泊や3泊で南湖大山往復なんてチョロすぎて退屈すぎるのじゃないか、と。旅にエッセンスと刺激を含みたいし、行くからには、やるからには、他の人と違うスタイルがしたかった。たいした反対もなく、このわがままスタイルに付き合ってくれることとなった友には感謝している。

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中華航空の台湾往復は32,000円だった。チケットを取り、ネットで情報収集して、60Lのダッフルに適当に荷物を放ると、平日の始発電車に乗った。8:20成田発の飛行機は30分遅れて出発し、13:00頃台北へと着く。空港で両替して125元(400円)のバスで台北メインステーションへ。ここから徒歩5分の「台北山水」というアウトドアショップで200元で『北一段』という今回のエリアの地図や、フリーズドライ(80元、240円)とガス缶などを買った。かなりいい品揃えで、円高のせいか日本より若干安かった。

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路地でラーメンを食べ、地下鉄に乗って友人との待ち合わせポイントへ。
昔の同僚で友人のハチベイが実は今台湾に暮らしていて、なんと車でベースとなるイーランまで送ってくれるという。無事に合流でき、車で1時間のイーランへ。昔話に花が咲き、楽しい時間だった。

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Booking.comでロケーションがいいと予約したこのイーラン(宜蘭)の宿だが、着いてわかるのだがイーランではなくルードン(羅東)というイーランより5kmほど南部の街だった。でもかなり栄えている街で、不憫することはなかった。宿に荷物を入れたのが18:00、パッキングをすませ情報収集にとバスターミナルへと向かった。ここからトレイルヘッドのある「勝光」までは80km、梨水と呼ばれる街へ向かうバスで行くことができる。しかしそれは朝の7:00発、3時間かかるという。日の出が5:40なので約4時間ほど太陽時間を失ってしまう。それならと、3:30に宿に迎えに来てくれるタクシーを探すことにした。そして幸い見つかった。

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夜は余市に繰り出し、ラーメンを食べたのだが、店のテレビがずっと天気予報をやっている。明日からはずっと雨で、行くエリアの降水量もすごそうで、暴風雨的なことも書かれている。一同不安になりつつも、まあ行ってみないとわからないよね。と前向きに(?)捉え、セブンイレブンでパンや水、翌日の朝食と昼食を買い込みホテルへと戻り寝に着いた。

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まさか行けなくなるとは、この時点では知る由もなかった。

座間味へ

想い出は旅によって形成されるもの。少なくとも自分の場合においては。
そして、この数年を思い返すと、よくも沢山息子や家族と旅をしている。息子のハルと一緒に石垣島や与那国に小笠原、四国に九州、北陸に富士山や白山など、たくさんの場所に行った。いい思い出だなあ、と勝手に余韻のようなものに浸ってみると、この夏どこも行ってないじゃないか、となるわけだ(粟島には行ったけど、もっと遠いどこかに行けてない)。
やっぱり夏なんだから二人旅をしよう。いよいよ海外へ、と思い。自分が行きたいのはミャンマー、台湾、えーとそれから・・・・と色々考えた。その場所に一緒に行っている我々を想像し、イメージしてみると、はてあまり楽しく感じない。結局那覇行きの航空券を買ってしまった。沖縄はこれまで彼と3回行ったけど、いずれもものすごく楽しかったのだ。遠くの海外より沖縄の方がよっぽど良いと思うことが何度もある。それは遠くのパウダーよりも北海道、に通じるところがあるのだが(余談)。

行き先は4年くらい前に、台風によって全て予約していたのに渡れなかった慶良間諸島。
調べると阿嘉島、座間味島、渡嘉敷島とあるのだけれど、素朴そうで、でもそれなりに便利そうで、かつキャンプ場がある座間味が良さそうで、まずは座間味に行こうと思った。その後は行ってみて臨機応変だ。

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那覇からとまりんへ。ちょうど9月になってしまい、船が一便減ってしまっていて、時間が空いた。那覇まで行けば船はあるかなと、適当に無計画で飛行機をとったのが悪いんだけど、今回は無計画というのと、できるだけ昔のように身の丈にあった旅をする、というのもテーマ。第一牧志公設市場へと向かった。ハルは肉売り場のブタのフルフェイスに興味津々。豚足も触りまくり。自分は魚をよく観察し、明日から魚を捕った場合、どれが食べられるかをリサーチする。二階でフーチャンプルとそばを食べた。「沖縄の言葉は違うんだよ〜、これはポークといって…沖縄のラーメンはそばというんだ…野菜炒めはチャンプルでね」と得意気に説明すると、「じゃあ、ご飯は?」「お茶は?」とすぐに質問が返ってくる。
沖縄はほんと「アジア」で旅していて愉快だなぁと路地を見ながら思う。

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さて、時間も潰れて腹もふくれ、オリオンビールもしっかり飲めたので、とまりんに戻り16:00の高速船に乗った。途中船は阿嘉島を経由し1時間程度で座間味へ。そこからバスで阿真ビーチへ向かうとすっかり夕方だった。テントを張って夕暮れの海に入る。時間的に透明度はあまり良くなかったけれど、暖かく気持ちよかった。買い出しに行こうと思ってたのだが、もう19:00くらいになってしまったし、酒がないのだけが悔やまれたが今日は持参したラーメンを食べることとし、そのまま就寝。

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6:00 激しい蝉の声で目がさめる。(毎日このサイクルとなった)阿真の集落を探索して、朝食のパンとコーヒーを飲んで海へ入る。朝のためか透明度が素晴らしい。のんびりしてから自転車を借りて港と村一番の集落に行き情報収集。商店の品揃えは申し分なかった。コンパクトにギュッと。そこで買ったポテチとビールを海を眺めながら飲んで、坂を上がって古座間味ビーチへ。

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正直あまり期待していなかったんだけれど、海の中がすごかった。まるでボートダイブのような見事なサンゴ礁と魚達。
ハルは上手にシュノーケルできていた。
3時頃まで遊んで、帰りにかき氷を食べて買い出しをして、キャンプ場へと戻る。現地で買った銛をもって海に入り、3匹ほど魚を突いて今日の夕食に。なかなか美味だった。ハルを連れて魚を突きに行っているので緊張感もあり、かつ現地の600円くらいの銛だから、やはりうまくつけない。でも二人で食べるには十分だね〜。
帰り際に見事なウミガメを見た。

3日目。朝から目の前のビーチでシュノーケリング、朝は透明度が高い。そしてウミガメに会えた。

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阿嘉島へと渡る。
自転車を借りてニシハマビーチへ。ここなぜか北浜って漢字だと書くんだよね。
座間味よりさらに空いていて、高台からみる海はどこまでもきれいだった。

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たっぷり遊んだら、かき氷を食べて、ローカル船で帰って、ビールと食材の買い出しをして、夕方は亀と泳いで、そのまま銛で魚突いて食べる。ああ、シンプルなルーティン島ライフ。ずっと日差しを浴びて、泳いでいるせいかハルと一緒に9時に寝てしまう・・・・

4日目。移動しようかなとも思ったけれど、結局座間味のまま。朝は亀とのランデブー、その後高台まで軽くハイキング。
かき氷食べて、ビール飲んで、夕日見て、一日が終わる。ああ、豊かだ。夜は流れ星を二人でビーチに眺めに行ったんだけれど、二人とも10分で寝てしまい、あまり星は見えなかった。すごい星空だったけれど。

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5日目。
朝から雨。でもずっと降っているわけでもなく、やんだり降ったり。フェリーに電話すると、明日はスローボートは出るが、高速船は高波で出ないかもしれないとのこと。もう一日いたかったけれど、本島に帰りますかね。
朝は最後の亀との遊泳を楽しんだ。

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リピートしたかった古座間味ビーチの見事なサンゴ礁のスノーケリングをしに行って、
濡れたものを急いで片付けて15:00のフェリーに乗った。

身の丈的なのがテーマなので、那覇ではユースホステルに泊まった。ずっと300円のキャンプ場に泊まっていたのに、那覇でいきなりきれいで豪華な場所に泊まると、これまでの非日常体験がリセットされてしまうのではと思ったのだ。

やっぱり那覇でもかき氷を食べて、オリオンを飲んで寝た。

最後の日は雨の沖縄だから、宿でのんびりとも思ったけれど、首里城まで遊びに行った。

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そして我々の今年の夏の冒険が終わった。最高だった。
「サイコーだね、来てよかったねえ〜」と亀を見た後に心から喜んでいたハルの言葉が耳に残った(オヤバカ)

Summer 2016

年が明けたらあっという間に夏だった。
1月にベネズエラから帰ってきて、2月にはニセコへ。2月末から3月頭がハワイ。4月には仕事で阿蘇へ。5月にアラスカに行き、6月にNY、7月にはイエローストーン。ブーンブンブン、そんな感じで月日が過ぎた。

夏に書きかけたこのブログポストも、すっかり放置され気がつくと10月。
まずは8月の新潟は粟島のことを。

ムスコのハルと、カッセファミリー、真也ファミリー、Qちゃんファミリー、寺、郷さん、というメンツ。
一昨年は石井くんと寺の3名だったのに、去年からファミリーキャンプっぽくなってきて、今年はさらに子ども連れが・・・まあ、必然の流れなのだろうか?

椎名誠の『あやしい探検隊』の島。ずーっとまえからずーっと興味があって、いつかいつかと思っていたので、今回は伊豆七島のフェリーが満席だったという、ただそれだけの理由なのだが、ようやく上陸できて満足であった。

島では相変わらずの自給自足生活。
といっても人数が多いので、焼きそばやラーメンや、ウインナーとか、みんな好き勝手なものを買って食っている。なんかこの混沌とした、だれも何かを制限するわけでもない、自由な感じがとてもいい。一日のタイムスケジュールも寝る時間も起きる時間も決まっているわけでもなく、それはそれは好き勝手やっている。

期待していた大物は採れなかったけれど、大きな石鯛や、三宅島よりもたくさんの種類の魚が採れて大満足だった。水はそこまで冷たくなく、ただ、日本海なのでやっぱり三宅島のような南国感や無条件の気持ちよさはないものだなー、と感じたとこだった。一緒に行ってくれた皆んなに感謝!

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Flint, Michigan

1992年。この街に暮らし、高校に通った。今でもホームステイ先の番地をスラスラということができる。
その後2回訪れたけれど、最後に行った時から20年の月日がたっていた。
なぜ、再訪するまでそんなにかかってしまったんだろう。

大人になった自分は、今回は迎えを頼まず、早朝のNYCから飛行機でデトロイトへ向かうとでレンタカーを借り、高速を北上した。REIに寄って、Best Guyという東部の有名ハンバーガーチェーンで昼食を取り、14:00 Kearsley High Schoolへと着く。途中の道はなんとなく覚えていた。ただし、ブロックバスタービデオや、お腹が空いてよく行った25セントのホットドッグ屋さん、いろいろなお店が消滅していた。

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学校は全くといっていいほど変わることがなかった。
無断で校舎に入ってみる。これまた当時のままだった。覚えているのは歴史の先生だけ。美術のクラスの生徒や体育の生徒、数学や歴史の授業の記憶もおぼろげながら蘇ってくる。24年たって、記憶に残っている、いないの分岐点は一体どこにあるのだろうか。少なくとも、高校2年のこの記憶は1年や3年の日本で過ごした記憶よりインパクトがあり、メモラブルである。あの時こんな経験をしなかったら、もちろん今の自分はいないと思うし、そんなインパクトで記憶に残る時間を送り続けなければいけない。

もう24年も経っているのに、まるで昨日のようで儚い気持ちになった。ああしておけばよかったな、もっとあれをすればよかったな、そんな感情が湧いてくる。もちろん、ベストは尽くしていたのかもしれない。ただ、何十年経っても後悔をすることがないように、今この瞬間も精一杯生きるべきなのだ

過去に生きてはならない、今を生きなければならない。ただ過去はいろいろなことを思い出させて教えてくれるし、それは捨ててはならないもの。過去を定期的に、そして真剣に振り返ることは大事だと思った。思い出せない記憶の層がミルフィーユのように幾十にも重なっていて。それはふとしたきっかけで取り出される。今日この瞬間のように。そして、いい思い出って、時間が経ってもずっとどこかに残ってるんだなあ、と。ミシガンで過ごしたあの時間は間違いなくいい時間だったのだ。

ミシガンのお家へと帰る。お母さんに会うと、なんだかとても照れくさかった。ナンシー ・ マッケンジー, 両親も兄弟も耳が聞こえず、このお母さんだけが家族で唯一耳が聞こえた。どんな幼少期だったんだろうか。手話の通訳のような仕事をしていて63歳となった今は週3日のパートタイムになったようだ。反抗期のホストシスターや、愉快なホストファザーもいたけれど、このホストマザーの優しさこそが全てだった。宿題を毎日手伝ってくれて、週末は連れだしてくれて、平日もバレーボールによく付いて行った。別れるときは大泣き。もう二度と会えないように彼女は思ったんだろうけれど、若い自分は時間の感覚が違ったので、いつでもこの生活は戻ってくると思っていた。今では通り過ぎていく、一瞬だけしか存在しない時間について、理解することができるようになってきたと思う。今は今しかない。

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姉のクリスティーはミネソタに住んでいて、妹のケリーは近所だったので旦那さんと子供二人と来てくれた。そして我々は夕食に行き、想い出話に花を咲かせた。ものすごい量のミールを食べ、NYとの物価の違いに驚いた。早い夕食だったのもあるけれど、夏至が近くて日が長く、家に戻ってもあたりは明るかった。

自分が住んでいた部屋はパソコンルームとなり、バスルームは改築されていた。庭のプールは子どもたちがいなくなったのでなくなり、当時とは別の犬が住んでいた。芝生は綺麗に刈られ、大きな木は病気で倒されていた。裏庭の森から学校へと続いていた道は、周囲に子どもがいなくなったためか木が密集してしまいなくなっていた。枝をかきわけ木々をくぐり、強引に学校まで行ってみた。当時より近く感じられるのは、距離に関する捉え方の変化であろう。グランドでは少年野球が行われ、家族が観戦しに来ていた。もしかしたらこの親と同級生だったかもしれないな。そんなことを思った。

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慌ただしいけれど、20:00前に出ることにした。空港までは100km以上、明日のフライトは6:00なので3:00起きの予定だった。皆んなとハグして、本当かどうかわからないなと思いながら「また来るよ」と言った。それがいつになるのかはわからない。20年後なのか、10年後なのか。それでも、またいつか来たいと思う。

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帰りに違う道を通ると、右手に大きなスーパー、左手にコートヤードモールというかつて見慣れた光景が目に入った。これこそあの時沢山通ったモールだった。思わず車を止めて中に入る。当時GUESSなどの人気ブランドが入っていたモールは現在ではほとんどのテナントが閉まって閑古鳥が鳴いていた。駐車場のアスファルトもヒビだらけだ。当時7-8軒あったというGMの工場はいまは1軒だけ。自動車産業ともに確実に衰退していっている街の様子をそのまま表していた。これまでアメリカの有名都市ばかり旅してきた。田舎にはこんな街が五万とあって、そこに住む人々がいるのだろうな。

グッバイミシガン、また来る日まで。

Road to Roraima #10 このオトコ

FBにシリーズこのオトコというのを展開したら、ほうぼうからリアクションがあったので、ここにも忘れないように貼っておく。
(ややフィクションです)

その一
この男と今週はスキーに行って立ち飲み酒場で飲んだ。
もうすぐ4月になってしまうが、ベネズエラのLost Worldの写真を見返しメモをたまにまとめている。今日はロライマを初めて歩いた日を振り返った。この男はやはり面白いムーブをしていたな、と。

日本から全行程の衣類や道具を持っての旅。当然ロライマ山のトレッキングに限っては、いらないものが出てくる。それはガイドブックだったり、文庫本だったり、着替えだったり、暇つぶしの道具だったり、サブザックだったり。
どうせガイド会社を使うんだし、そこに戻ってくるんだし、そこで受け取れるからいろいろと預けてしまおうと、山では必要でないものを前日にまとめてサブザックに詰めた。しかしこの男は面倒くさいので全部持ってちゃいます、と言う。普段から効率性ばかり求めているのにそれは違くねーか?と思いながら、自分のことじゃないし放置することにした。

歩き始めて小一時間。「バックパックが超重いっす」「久しぶりだからかな」「重くて大変」とクレーム満載・・・・・え、だってあなたは俺より5kgくらい余計な荷物ばかり持っているじゃん・・・・なぜに置いてこない!

Go Proのバッテリーが無くなりそうになって、しまったミニUSBケーブルをサブザックに入れて預けてしまった!と言うと「たぶんありますよ!」と得意げ。さすが余計にいろいろ持っているだけある、と感心したら「マイクロUSBなら二本あるんですけど、ミニはありませんでした」と使えない答え。しかもなぜかマイクロを二本、余計・・・
歩く度に「なんでこんなに重いのかなー」と独り言ばかり。いや、だからそれは・・・。
ガイドブックも軽量化しようねと出発前に打ち合わせして、俺が「地球の歩き方」、この男は「フットプリント(イギリス・英語版)」と決めていたのに、なぜか二冊持参。「いやー、なんとなく」とか言う。もちろんギアナ高地の役立つ情報なんてほぼないので、自分は下界に置いてきているのだが、もれなく二冊ともバックパックに入れて山に持ってきている。

途中の川でブヨに刺された。気が付くとすでに数十箇所刺されていて痒くてしかたない。この男はブヨにアレルギーがあるのか、ひどく弱っていた。自分はたまらなくなって途中で虫除けスプレーをしたが、この男スプレーをしない。ほぼなんでも持っているので、もちろん虫除けも持参している。「肌が弱くてすぐかぶれちゃうんです、困った」と言うので、なぜ塗らないのかと聞くと「いや、面倒くさくって・・・・」「しかもザックの下の方に入れちゃったんですよね・・・」と言うではないか。ま、U字ジッパーですぐに開けられて取り出せるバルトロなので、取ればいいとも思うんだけどネ。

とにかく「効率性」というのがこの男の格言だと思っているのだが、どのへんがそうなんだろう、と一連の行動を見ていると不思議で仕方なく、かつやっぱり面白いのだった。

写真:ドボンしそうだなーとカメラを構えていたら見事期待に応えてくれたこの男。靴の中敷きの下に隠していた100ドル紙幣は見事に濡れ、乾かしている間に紛失した模様・・・w

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その二
数カ月前から計画し、何年も前から夢見ていた憧れの場所への遠征なんだから、道具はできるだけ最新のものを持って行き、いくつか新調したいところ。

しかし真逆の考えを持つこのオトコ。一番古い道具を持ってきている。穴のあきまくった靴下とヨレヨレのTシャツ。壊れかけたアウトドア時計。「貧相に見えるから強盗にあいにくいし、行く先々で捨てれる」からだという。たしかにトレッキング後にこちらが臭くなったウェアを洗ったりビニールに入れたりしているのを横目にポイッと捨てまくりどんどん身軽になっていく。羨ましくもあり、合理的にも感じる。

ただし「絵的」にはかなりいけてない。せっかくこんなに景色がいいのに。「絵的」に遠征感も出にくい。キマってなさすぎる。おまけに靴下が古すぎるのか川の渡渉後マメもできていた様子(笑)

ロライマ初日。ここで ‪#‎心折れ部‬ Tシャツはねーだろ。と激しく思ったことを写真を見て思い出した朝。

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その三
最近よく一緒にフィールドに行き、今回ベネズエラまで共に行くことになった8歳も年下のこのオトコ、かなりユニークである。一部を共有してみよう。

01
「ベネズエラだと年間1万5千人も殺されるんですよ!やばすぎます」といろんな危険情報をコピーしてきた紙を飛行機内で見せてくれ、こちらの不安を超煽る。「Google の画像検索がマジでヤバいっす!」え、飛行機で言われてもすでに引き返せないんすけど…予想外に心配性。「すなわち毎日40人です」計算も早い。そこまであぶねーと思ったら行くのをやめるっていう提案もできたのでは?「喉元まで出かかったんですが」曖昧な性格か?w

02
「危ないから8ヶ所に現金分散させました!」一見いい加減なのに実は細かい。
しかし靴に隠した2つは川の渡渉で濡れてしまい…最終日にホテルで「どうしても2つくらいどこに隠したかわからなくって出てきません」と2-300ドル紛失が発覚。ネタか?これネタなのか?

03
「トランジットが間に合わない〜。」2時間もあるから余裕だろうよ、と言っているのに焦って違う飛行機へと消えていった。(帰りの便は別だった)やはり心配性。そしてあんなに急いで完璧だったのにその後の飛行機がキャンセルとなり、彼だけロンドンを経由することとなる。俺より15時間遅れ日本に無事着くも、ロストバゲッジのオチ付き。間違いなく何かを「持っている」
2年前のアコンカグアでヘリを飛ばしちゃったのも同一人物である。
そんなわけでかなり一緒にいたのに、さようならと言えていない。

写真。
最高紙幣の100ボリバルの束でしばいて欲しいとお願いされた。日本だと500万円の束(現地では9000円の価値しかないが)。最初は静止画を撮っていたのだが、リアル感が出ませんね、と何度もやり直しを命じられ、本気で叩かされた。リアル感、出ましたかね?
こうして思い返してみたが公に書けないことばかりでイマイチ共有できなかった。これ以上は飲みの席で・・・
大変楽しい珍道中の旅でございました。

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海外オトコふたり旅、なんていうのはおそらく初めての経験で。
きっと道中で飽きるんじゃないか、険悪になったりもするのだろうか、そんなことを思っていたのだけれど。センパイとして彼は気を使ってくれていたのかもしれないが、二週間一緒にいて退屈することもなく、適度で快適な距離感だった。テントはもちろん別だったけれど、あえての相部屋もまったく気にならなく非常に楽ちんだった。お互い自由と個人を適当に尊重する間柄だったからかもしれないし、彼がただたんに類まれなユニークなキャラだからなのかもしれない。

テラのブログにもこの旅の顛末が詳しく記載
teratown.com

Road to Roraima #09 帰路につく

14:30にサンタエレナに戻ってきた。
順調に事が運んで余った一日を何に使おう? グランサバナか、ブラジル往復か、あれこれ。
ただ、カラカスは遥か彼方。クリスマスであれだけ機能不全だった国内交通網を考えると、年末年始も危ないのではと思い出来るだけ移動しておこうとなった。なんとか夜行バスの席をゲットし、まずはシウダーボリバールへ。この13時間のバスがすし詰めのローカルバスで地獄のような苦行。体が疲れていて必然的に眠れたってことが幸いしたが・・・・

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ボリーバルからは乗り合いタクシーでプエルトラクルスへ。海沿いのリゾートを想像していたらガソリンで汚染されているらしく海は入れなかった。ただ、賑やかで陽気な街だった。ここで年越しとなった。相変わらず街は危険なのでホテルからは出られず、0:00の花火を窓から見るだけとなった。

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元日はホテル出発のカリブの島々を巡るボートツアーに参加。なんとお昼ごはん付きで800円。こっちはまるでリゾートななかなかキレイな海だった。
エルファロ島にアラポ島、イルカの並走付きのいい一日となった。

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カリブ海に日が沈む。今日もSorelaビールとピザで〆る。これにて終了ベネズエラ。
ギアナ高地に4日間。そのためにかけた往復の交通が9日間。なんとも遠かったけれど、時間をかけてくる価値は間違いなくあった。

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Road to Roraima #08 さよならギアナ高地

雨は夜中には止み、変わって激しい風となった。
何度かテントを支えていたペグが抜け、外に出て張りなおした。
3:30にまた外に出ると、そこは満点の星空だった。
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凛々しいクケナン大地とさっきまで頂上に立っていたロライマが星空の中に黒く居座り圧倒的な存在感をだしていた。白い雲が激しく動く。

そのまま眠ることなく夜明けを待った。空が徐々に明るくなっていく。赤い朝焼けは見られなかったけれど、それでも神々しい景色だった。5:00には絶対出ようと決めていたのに、あまりにも美しく出発は30分以上遅れた。出発しても名残惜しく後ろを振り返っては何枚も何枚も写真を撮った。「ガイドからしたら、こいつらこんなに同じ写真ばっかり撮ってアホか?」状態だったに違いない。数日ぶりに完全に晴れた日。今ロライマの上の大地にいる人々が羨ましかった。

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それでも、雲一つない空ではなく厚い雲がクケナンとロライマの合間から絶え間なく排出されていく。やはりテプイの上部には常に気流が渦巻いているのであった。

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テプイに水の保水機能がないというのは以前書いた通り、昨日山の上で振り続けていた豪雨は直接下流に流れ、来るときはくるぶしの深さしかなかったクケナン川は昨日は船で渡る必要が有るほど増水していたらしい。雨がやんだ今日は腿くらいの深さに落ち着いていた。

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写真を撮るために停まってばかりいるせいか、一向にスピードが出なく1st campに着いたのは8:30。そのままほぼ平らな大地を歩いて11:30にトレイルヘッドへ。

テラと地元のビールで祝杯を上げた。
天候がはずれ雨にやられ悔いが残る山行ではあったけれど、それが自然であり、それが時間やタイミングであり、今ここにいれること、来れたことが幸せである。10年以上来てみたかった場所。変わらず旅に出られて、変わらず小さな夢を実現できていることが嬉しいなあと思うのだった。

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Road to Roraima #07 待つ、そして待つ

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夕方から降り続いた雨は、こちらの希望も虚しく降り止むこともなく一層激しく降り続いていた。トリプルポイントへ行きたいがため4:30に起きるがとてもじゃないが出発できる天候ではない。6:00に朝食。隣のテントの寺が来て、お茶をしながら晴天を祈る。テーブルマウンテン上部の大地の隙間という隙間が見る見るうちに埋まっていき、ただの水たまりが池のようになってしまった。走れば2−3時間で着くのではないかと思っていたトリプルポイントもこの水浸しでは厳しいだろう。岩から岩へルートを見ながらジャンプして進まければいけない。さて、行くべきかどうか。そんなことを考えながらも時間は刻一刻と過ぎていき、そして雨はやむ気配が全く無かった。

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横殴りの雨にガスが流れる。12:00まで待っても状況は変わらなかったので残念ながら諦めることとする。14:30、雨の中出発した。来るときに登った滝は濁流のように流れており、道という道が川になっていた。17:00前に無事ベースキャンプに到着。そこでようやく雨が収まってきた。なんとも無情である。

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年末の本格的なホリデーシーズンに入ったのか、とにかくすごい人だった。朝焼けに期待して、早々に寝についた。

Road to Roraima #06 そしてロライマへ

トリプルポイント(3カ国の国境国境)へ行くから早く出ようなと、今日も4:30起床。3:00から激しい雨が降っていた。乾季なので雨はやむだろうとガイドにきくと、止まない雨なので出発するという。6:15、我々は断崖絶壁の壁へと向かいジャングルに入った。遠くから見たらまったく登れる気がしないエルキャピタンのような壁も、急だけれどしっかりとした登山道が作られていた。粘土質なのか、階段はえぐれ、雨で滑りやすくなっていた。激しい滝の下を通ること数回。明らかな落石のあとが無数にあり、足早に進む。とにかく雨が激しく、とくに滝に打たれたのですべてが濡れた。

2時間半後、意外とあっさりとテーブルの上に上がる。とにかく雨が激しく作戦会議。往復8時間かかると言われたトリプルポイントはこの雨だと行けないという。走れば4時間じゃない?などと寺と話すと、「こいつら何言ってやがる」とガイドからは大顰蹙。ひとまずテントをはって様子を見ようとなった。
テーブルの上のキャンプサイトはスペースが限られているらしく、すれ違うポーターたちと情報交換をしていた。サンフランシスコと呼ばれる張り出した岩の下のキャンプサイトに落ち着くことにした。3張りが限度の小さいサイトだったが、雨がほとんどよけれて非常に助かった。濡れたものを乾かし、服を着替え、お茶を沸かして天候の回復を待った。

数時間後、13:00に一時的に青空が見えた。雲の動きはかなり早く、今がチャンスかとこの辺りで最も高いと言われる岩へと上がる。

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ロライマの上に厚い雲が乗っていて、動きも早く流動的。

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それでも2時間は粘っただろうか。完全に晴れ渡り全部が見えた!ついに来た!と我々は歓喜の声を上げた。
まさに、この景色を見に我々はここまでやってきたのだ。このロライマの頂に。

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凛々しい隣のクケナンも。その滝も。そして下の大地も川もすべてが見えた。

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そこから違うビューポイントへと散策し、クリスタルや不思議な植物を見てまわった。それにしても不思議な大地だった。この外界から隔離されたまっ平らな頂上に、独自の植生が発達したのだ。コナン・ドイルが失われた大地で想像力豊に描いたように。
こちらは晴れてたら夜の散歩やさっきのビューポイントでの撮影もステキだろうと想像しながら夕方テントサイトに戻ってきた。。

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日が沈む。先ほどできた水たまりが闇の中に輝いて良い光景だった。

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希望はかなわず、日の入りとともに雨がふりだしたのであった。

Road to Roraima #05 ロライマ・ベースキャンプ

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いつもどおり早起きし、5:00にBackpacker’sへと向かう。ベネズエラに来てから毎朝4:00台に起きている我々は、遊びにおいてはほんと真面目で勤勉である(笑)。帰りの時間などについて一通り揉めて、また疲れてから出発する。ガイドは28歳のヒルベルトと言った。4WDのランドクルーザーに乗ってグランサバナを北へ小一時間ほど戻り、サンイグナシオからオフロードへ。ところどころ道路に亀裂が入っているひどい道だった。
遠くにロライマ・テプイとクケナン・テプイが見えてきてテンションが上がる。

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だいぶ大地をあがったところにサンフランシスコという小さな村があった。数台の四輪駆動車が停まっていてトレッカーもチラホラ。800人が住むというこの村には、ポーターがたくさんいて、彼らは手で編んだようなかごにクロックスもどきのサンダル。大人の男性も女性も、子どもや自転車のポーターもいた。
受付をすませ7:45に出発した。ここに至るまでに日本から100時間、いよいよである。

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広大な大草原の中を進む一本道。ガイドはいい加減で、先に行っててと言ったきり一向にやってこない。遠くに雲に覆われたロライマが見えてテンションが上がる。

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久しぶりの60Lのバックパックが肩にずっしりと食い込む。第一キャンプ場まで3時間半。
キャンプ場は日当たりがよく、ここで日中を過ごすの厳しそうだ。近くの川で一息ついて昨日サンタエレナで買ってきたぶどうパンを食べた。靴下を脱いで裾をまくるとブヨみたいな虫が沢山寄ってくるではないか。チクリと刺すところもまるでブヨ。やっと追いついてきたガイドにきくとプイプイと呼ばれる虫らしく、川の近くに生息するという。あとで気がつくと50箇所は刺されていて、数日間痒みが残った。

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ここから徐々に登っていく。天気も悪く、途中雨に降られカッパとザックカバーをだすが一時的だったみたいだ。
「ダラダラと長い道で退屈だねえ〜」と寺と話す。遠くにロライマは見える、近づいてきているものの山は雲の中で、道も景色も単調だった。
それでもベースキャンプに近づくとテンションが上がった。さっきまで雨を降らしていた雲はなくなり、視界が開けたのだ。

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見晴らしのいい岩の上に座り、眼下の芝のように緑で美しい風景を眺めた。川がテプイの周りを蛇行し、太陽があたったグリーンがなんとも言えない。
Camp1から4時間、まさにロライマ山の壁の真下にベースキャンプはあった。キャンプ場には40人くらいいただろうか。見晴らしがいい場所にテントを張り、川に行水に行ったが、すでに夕方で気温も低く手足を洗っただけで終わった。清流を汲み、ウィスパーライトに火をつけブラックライトで湯を沸かす。マジックアワーがやってきて、ため息しか出ない。

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ロライマ山に陽が当たる。
となりのクケナン・テプイは男らしい黒い岩肌が雲の中。
眼下はすべてグランサバナだった。一面のサバンナの中に川が白く光っていた。

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日が沈むとホタルが現れた。

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