さとなおラボに行きはじめた

自分の意思でシリーズの講座というものに通うのは『SWITCH』のクリエイティブ・ライティング講座以来かな?
コミュニケーションが仕事的にもこの先にも必要だと常日頃痛感している次第で。いろいろな施策を試行錯誤で実施できる環境にいながら、やはり今のままではダメなんではないかと、しっかりとゼロから学ぶ為に毎週水曜日にさとなおオープンラボに通わせてもらうことになった(選考があったので)。

葉山に引越してしまったがために、講座がある水曜日はハラペコ、クタクタ、終電となる。まだ2回しか受けていないけれど、自分が今していることはじつは古いやり方だったんだ、とか。戦略もなく間違っているかもしれない、とか。まだ頭がスッキリせずに混沌とした状態にあるのだけれど、今までみたいに自分だけの手探りの状態ではなく、正しい解を知れるのはとても良いなとすでに思っている。この混沌とした時代の伝え方については大変だなと感じることが多いのだけれど、講座が終わるころには面白い時代だと楽しめるようになるマインドスイッチができているだろうか。

最初に読んだ『グランズウェル』という課題図書の冒頭をコピペして久しぶりの更新は終わりにしてみよう。
「グランズスウェル(ソーシャルネットワークの大きな波)は社会動向だ。人々はテクノロジーを使って自分に必要なものを企業ではなく別の個人から調達するようになっている。その根底にはすべての人間が持っている「繋がりたい」という永遠の欲求がある。」

ようやく夕陽を見た

引っ越してからいささかバタバタしている。最初の週末は終始雨で次の週末は仕事だった。西に面した海なので日の出は見ることができないのだけれど、朝によく海まで散歩に行った。散歩と言っても10分とか15分なんだけれども、海まで歩いて2分だから、せめて出勤前に海に行きたかった。

それにしても、田舎なのに都会、都会なのに田舎という不思議な場所だった。
葉山の元町という中心街に住居を構えたので、たとえば徒歩圏内にスターバックスがあり、スーパーがあり、ドラッグストアチェーンがあり、土地柄オシャレなカフェが複数ありホテルもある。以前住んでいた駅から20分の川崎よりもよっぽど都会である。しかし、ここには海があり山もある。ただ、夜にお腹が空いてもラーメン屋に歩いて行くことはできないし、バーもない。おしゃれなカフェは軒並み9時にはしまってしまうのだ。

週末出勤の振休を取ったのだけれど相変わらずの雨予報。ただし前倒しで天気は進み回復も早まった。
息子と自転車で近隣探索に向かうと、帰り際に空がものすごく染まっているのが見て取れた。急いで海岸に行くとため息が出るような赤い光景。しかも時間とともに変化し続ける。何名かの近所の夕陽愛好家みたいな方々がいて、その空を眺めては写真を撮っていた。これで心置きなく出張に行けそうだ。

IMG_8682

葉山に引越すことにした

川崎の鷺沼に住んで7年間。
その前は藤が丘、その前は青葉台、その前は中央林間、と田園都市沿線に11年ほど暮らした。鷺沼では子どもができたというのもあり、保育園での友だちや繋がりもたくさんできて、このまま繋がりを活かして小学校へというのが既定路線である。
渋谷まで急行に乗れば20分だし、東名までは10分、丹沢まで1時間、海までも1時間。スキー場はちょっと遠いけれど、都心も自然も隣ではないけれども近いという場所だった。残された自然はあって、メダカをとりができたり、田んぼもあって、緑道沿いを繋げば20kmの気持ちがいいランニングコースを作ることもできた。
まあ、何が不満なのってこと。ひとつだけ強いてあげるとすれば、おそらくそれは「残された自然」という点かもしれない。

子どもが二人になって、昔ほど頻繁に遠くにいくことができなくなってしまった。そしてそこまで遠くに行かなくても子どもと遊んでいるのが楽しくなってきた。だから休みがあれば今日はどこに行こうかと、海へ山へと高速に乗って電車に乗って、飛行機に乗って出かけた。それはなんとも楽しかった。ただ、その自然がもっと身近にあったらな、と日に日に考えるようになった。週一回ないし隔週でダイナミックな自然の中に出かけられたとしても、また翌日には都会の日常に戻っていく。自然が子どもたちにとって非日常ではなく日常だったらいいのにと。

自然の中や田舎で育ったからといって、単純にいい子に育つわけではもちろんないし、都会で育った子と比べて優位性があるとも全く思わない。育った場所で人は決定されない。なんらかの影響はもちろんあると思うけれど。だから子どものためとか教育のために自然の近くに住みたいわけではない。でも、もしも自分が子どもに戻ることができたなら。自分は今よりもっと自然が豊かなところで暮らしてみたいと思ったのだ。日常にもっと自然があるところに。

じゃあ、昔みたいに抜本的に遠い田舎に引越してしまえばいいかもとも思う。結局は都会に縛られているのはどうなのよと。矛盾しているかもしれないけれど、今は都会での仕事が単純に面白くて好きなのだ。今後それをシフトしていきたいと思うかもしれないけれど。なので、都会にぎりぎり通えて、自然が近い場所と絞ると、高尾や藤野などの中央線沿線や小田急沿線などが真っ先に上がるし、湘南方面だっていい。結局は自分の好みなんだけれども、選択肢は逗子と葉山しかなかったように思う。海と山の両方が揃っているところ、海が美しくて澄んでいるところ、ぎりぎり都会に通えそうなところ。春から夏にかけて何度もここに通ったのは好きだったからなんだよね。そしてなぜか、鎌倉・逗子・葉山には友人たちやアウトドアな人々が多数暮らしていて、そこも不思議で解明してみたかったところ。

IMG_8547

と、ここまでは自分だけの想い。
結局ついてきてくれることとなった家族にはかなりの無理を強いてしまったわけで。ふざけんじゃないと思われているのもわかっている。迷ったらやってみる、行ってみる、動いてみる、しないで後悔ならばして後悔の方がいい、なんて方程式は独身時代にしか通用しないものなんだとシミジミと感じたわけで。仕事が遅くなり家に帰って幸せそうな子どもの寝顔を見るたびに、このままでいいんじゃないかなと何度も思った。同時にそれでもな…とも何度も思った。

こんな紆余曲折があり。諦めきれない自分の性格を悪くも貫いてしまい、葉山での生活がスタートすることになった。息子がフルで付き合ってくれるのはあと3年くらいだろうか。遠くの仕事で戦いながら、身近な自然を朝から晩まで心行くまま楽しみたいと思う。

保育園が終わる

IMG_8176

朝6:00から6:30の間に起きて朝ごはんを作る。子どもたちは7時前に起きてきてご飯を食べて準備をしたら出発だ。8:00には保育園について、迎えに行くのは18:30過ぎ。ご飯を食べてお風呂に入って21:00頃寝てしまう。すなわち我々親が平日子どもと触れ合う時間は4時間に満たない。とくに自分の場合は平均すると2時間位かもしれない。その間子どもたちはどこで何をしているか?11時間くらい保育園で過ごしているのだ。何が言いたいのかというと、まだこんなに小さいのに平日に限っては親といるより保育園の友だちや先生といることのほうがよっぽど長いのである。

保育園にいるのと、家で親といるのと、どっちがいい悪いとか言いたいわけではまったくない。事実としてそのような背景が我が家にはあり。子どもたちの多くの部分は保育園に育ててもらったなあと心から感謝しかない。教えてもいないのに、ご飯の食べ方や手洗いうがい、言葉遣いや遊び方までいろんなことを保育園で覚えてきた。小さい頃は連絡帳で、大きくなってからは自分で何をしたかを話してくれるようになって、その嬉しそうに話す姿に、幸せな日々を送っているんだなあとこちらまで幸せになったものである。

雨の日も風の日も、暖かい春も暑い夏も、北風が吹く冬の日も。雨が降ってなければ大抵は自転車で。有馬小学校の脇を抜け坂を下り保育園まで毎日のように送っていった。送りに費やす時間は30分とちょっと。保育園への送りの時間がなければ、もっとゆっくりと家を出ることができて楽なんだけれども、この送る時間と保育園の繋がりみたいなものが自分はとても楽しかった。自転車の前後で交わすなんてことない日々のハルとの会話も楽しかったなあ。毎日会うお父さんやお母さん、先生との触れ合いから、自分の子どもではない子達が日々成長していく過程をみるのも面白く、愛おしく。子どもにとってもそうだし、自分にとってもそれは楽しい保育園ライフだったと思う。

それが3月31日をもってして終わる。あと少しだなあとこのところ感傷的になってしまう日々だった。
自分が子どもの頃は成長のステージでこのような別れや出会いが常にあったけれど、大人になってからこういう寂しさはあまり感じなかったように思う。でもこうやって彼らのステージは前にしか進まずに、こちらも一期一会の出会いや日々を大切にすることの重要性を再発見することになるのだろうね。

ハルくん、卒園本当におめでとう。5年間の保育園生活とても楽しかったです。つねに暖かく接してくれた先生達に心より感謝します。

冬の休日

今年は滑りは諦めてもいいかな。いや、だってやることも色々あるし、仕事も忙しくなってきちゃったし、家含めてこの先考えなきゃだし。そうは思いながらも、苗場に2回、ファミリーで富士見パノラマに2回と足を運ぶ。やっぱりこのスノーボードというアクティビティは、全アウトドア・アクティビティの中で最高と思ってしまうわけで。

大寒波が襲来し、週末はどこもパウダー。行かない、と決めていても心がザワザワとするものだ。なんだか懐かしいこの感じ。すると嫁さんが「あれ、週末どこも行かないの?」いや、家にいるよ・・・「なんか最近冬なのに家にいすぎじゃない?いつもかなりいないじゃん」え、一応自粛しているのだが・・・「行ってくれば?」え!いいの!幸いタカが19:00に行けることがきまり、4:00に出発し関越を北上することになった。

トンネルを越えるべきか、どこに行こうか?すると高崎からは雪。後続はチェーン規制に巻き込まれ渋滞となりそう。沼田でいいね、と某スキー場に向かった。あいにく大会が行われていて、急斜面のコースはことごとくクローズなのだが、コース脇にちょいパウが残っていたり。それで遊んでいたら、大会が終わったコースに大パウが残っていたり。最終的には後半雪が振りまくってリセット祭り。

今日のパートナー / Taka, Partner of the day. #japow #telemark #oze #japansnow2017

Sasaki Takujiさん(@mountak)が投稿した写真 –

これを最高と言わずしてなんと言おう。
早く上がろうね、と言っていたのに上がったのは16:00過ぎ。ていうかほぼ最終。渋滞に巻き込まれ、温泉に浸かり、ご飯を食べ、家についたのは23:00。よくやるよねえ、今日の活動19時間でっせ。この労力を上回る感動体験がやっぱりあるよなあ、それはきっといくつになったとしても。
Viva Snowboarding!

#japow #snowboarding #japantrip #oze #japanmountain #jones

Sasaki Takujiさん(@mountak)が投稿した動画 –

2016ふりかえり

12月28日、午後は半休にして仕事を納める。家で「写真未整理」というフォルダを整理していたら、生産性がなさすぎて悶々としてきた。その作業は正月の宿題として、少しは意義がありそうな今年のふりかえりをしてみたいと思う。相変わらず、どこへ行って何をしたか、という振り返りだけになるが。

●2016年1月
そうだった会社を13日間休んで南米はベネズエラに行っていたのであった。目的はギアナ高地のロライマ山登頂。
http://www.tabibum.com/blog/?cat=48

IMG_3449

月末には立科YHに息子と一緒にスキー旅行に出かけたみたいだ。

●2016年2月
ニセコモイワのウッドペッカーズに泊まっておなじみのメンツで5日間のスノートリップ。しかし北海道なのに雨だった・・・
http://www.tabibum.com/blog/?p=4112

IMG_1774

その後10日と経たないうちに三世代旅行でハワイのホノルルへ。書いてるだけで、何このやり過ぎ感。

IMG_3512

●2016年3月
月初までハワイ。仕事が超絶忙しい時期なので、週末は寺とスキーに行ったくらいかな。

●2016年4月
仕事でonyourmakメンバーと阿蘇と久住のランニングトリップ。
http://mag.onyourmark.jp/2016/06/campandrun01/93476

IMG_2880

この月から子どもたちと月一キャンプをしようと決めて、第一弾として田貫湖に行った。
IMG_2956

仕事では原宿のフラッグシップオープンや広告企画などでテンヤワンヤだった模様。
ただ、休日出勤の代休を当て平日山行を企てる。雪が少なすぎてスノーボードらしい滑りができていなかったので、真也と富士山に滑りに行こうとしたのだが、前日に滑落の死者が出たのでトレランに切り替え。蓼科山へ向かったが、まさかの雪で大変な目にあった。相変わらずいつも大変(笑)

IMG_3010

●2016年5月
GWの長期休暇はとらずに、子供の日から出張となった。行き先はなんとアラスカ。今年最も幸せな仕事だったと思う。
大好きな雑誌『Coyote』の星野道夫特集号にて、10Pタイアップの同行。成瀬洋平くんと編集者の足立さん、カメラマンの間部さんと4人でシアトル経由でジュノーへ。星野さんの盟友リン・スクーラーさんの自宅に泊めていただき、その後悠久の森へバックパッキングトリップ。フィヨルドを進むフェリーにてシトカへ。星野さんのトーテムポールを見て近くの山へと登った。星野道夫さんとは自分にとって一体どんな存在だったのだろうか。行く前に雑誌や本を読み返し、ガイアシンフォニーを観返し、自分をも見つめ直した、そんな贅沢な時間が忙しさの最中にあったように思う。また別のときにまとめられるといいな。

http://www.switch-store.net/SHOP/CO0059.html

SONY DSC

帰ってすぐに東海自然歩道を一撃で走破しようとしている石川弘樹の応援に遥と向かった。このオトコはなぜ走り続けているのか、息子にはさぞかし不思議だったに違いない。今でもその記憶は息子のどこかに刻まれているみたいだ。

5月のキャンプは浩庵キャンプ場へ行き、その後パノラマ台へと登った。
IMG_3576
下旬には今年お気に入りスポットとなった葉山公園で海開き。

●2016年6月
学生時代の親友が引っ越す前に静岡に来いと何度も誘うので、仕方なく(笑)深夜に泊まりに行き、小雨の中、達磨山に登った。

アラスカの心の整理がつかぬまま10日にはNYCへ。ファッションシュートとビデオ撮影が目的。ドライバーもしてディレクションもして、かつ通常業務の仕事が日本からやってくるので、多忙を極めスキマ時間を作ることがほぼできなかったけれど、面白い旅だった。

6月のキャンプはさくっと遥と二人で三戸浜で海キャンプ。
IMG_4059

キャンプ以外にも葉山公園に仲良し家族でデイキャンプをした。

●2016年7月
NYから帰ってきて2週間と経たずに、アメリカのジャクソンホールへ。
onyourmakの今年の特集の最後を飾るイエローストーンとグランドティトンへの旅だった。キャンプをしながらトレイルランニングをする。3年目となり、メンバーとの呼吸もあい、いいアウトプットを皆で同じ方向を向いて作ろうとしている。そんな恵まれている時間を過ごした。

http://mag.onyourmark.jp/2016/08/runandcamp03/96372

IMG_4573

旅から帰ってきてから遥とユーシン渓谷へと出かけた。

その翌週は恒例のキャンプへ。今回は清水の黒川で実施したんだけど、どんどん家族が増えてきてすごいことになってきた。

FullSizeRender

月末には香港の支社の人をアテンドして塔ノ岳へ。
IMG_4809

●2016年8月
この数年、夏に島で銛突きをするのが恒例になっているのだが、去年から親子参加もありとなってきている。今年の夏は怪しい探検隊に出てくる粟島に行くことになった。ハルが高熱を直前に出し、予定より一日遅れての出発。しかも初日は38度のまま島に上陸という厳しい状況だった。その後回復し、みんなでかつてない大物をゲットしまくるという機会にも恵まれた。とても楽しかったけれど東北の渋い島な感じだったので、来年はリゾートの三宅島に戻りそうな予感。

三浦の隠れビーチに日帰りで行った。
IMG_4876

20日にはファストパッキングスタイルで夜行バスで白馬岳へと向かう。不帰キレットの直前で天候が崩れてきて、安牌をとって下山することにした。
IMG_5254

家族で星野道夫展へ。

●2016年9月
6日間の夏休み、ハルと沖縄への二人旅、座間味へ。とにかく最高だったので毎年実施したいと思ったレベル。
http://www.tabibum.com/blog/?p=4325

IMG_5372

父の古希祝いの三世代旅行@熱海が開催された。
信越五岳や斑尾など、トレイルレースへの出展があり、休日出勤が続くので、代休をエイっと使い6日間の北海道家族旅行へ。旭山動物園から大雪山、釧路湿原を周る。

FullSizeRender

●2016年10月
今年は仕事ではいろいろ行っているものの、自分的チャレンジや遠征ができていないのではないかとふと思い、台湾の山にハラペコ探検隊で向かうことになった。すごい天気だった。今年は雨男だな。
http://www.tabibum.com/blog/?cat=50

DCIM100GOPROGOPR1542.

月末にかけてサンディエゴへ出張。ジョシュア・ツリーやSalvation Mountainなどを周る。これまた猛烈に忙しくて息をつく暇もなかったけれど、皆がホテルに泊まる中、ジェリーさんとジョシュア・ツリーに泊まって朝焼けを見れたのはいい思い出。
IMG_6802

●2016年11月
さすがに息切れしてきて、家にしばらくいたいなと。
休日は子どもたちと公園で遊んだり、海の近くで家探しなどをして過ごした。
修行走というトレイルレースに出るためこまめに100kmくらい走り、振替休日に大山に一人で向かった。
IMG_6855

遥の七五三をして、法事でいわき市へと行き、身延の修行走へ出かけた。
http://www.tabibum.com/blog/?p=4445

●2016年12月
「キャンプ行かないの?」という遥の言葉にハッとする。月一キャンプはどうした?9月に北海道と沖縄でキャンプしまくって、10月には自分は台湾とジョシュア・ツリーでキャンプをしていたので満足しきってしまっていた。行きたい、と彼が言うので二人なら寒くても平気だろうと田貫湖へキャンプへ。よく行くホームグラウンドとも言えるべきキャンプ場があると、そこでしか感じられない四季の変化やわが子の成長があるな、と思った次第。
IMG_7106

今年は雪の降り出しが早いので18日に苗場にてシーズンイン。

お世話になったいろいろな方々と忘年会した。
明日12月29日からは八ヶ岳へ3泊4日の旅行へと出かける予定。

ーーーーーーーーーーーー
さくっと整理してみようと思ったらぜんぜんサクッとできなかった。振り返ってみると相変わらずとにかく人に恵まれ、仕事の機会にも今年は恵まれ、それを許容してくれる家族にも恵まれている。なにが現状不満を引き起こしているのだと、無い物ねだり感を自問自答したくなる。それにしても、これって今年だったんだろうか、あれもこれも?というくらい色々なことがあり、次へ次へと突き進んでしまった。この経験や体験から自分は何を得ているのか。それが噛み砕けていないから、すべてがバラバラのピースでまとまりがなさすぎるから、もわっとした感情を持ってしまって消化不良感があるのではないかと思う。仕事、家族、そして諦めきれない自分の欲望、と三つが絡まりあって、すべてを優先させようとするからきっとこうなっている。もう少し落ち着いてふりかえり、経験を染み込ませて自分のものとしてから次へとできるといいんじゃないかな。iTunesに音楽を入れすぎてしまって、どの音楽が好きだったのか、あんな曲もあったな、どうやって取り出すんだったけな、という感覚にちょっと似てるなと今思った。いやー、なんかすごい一年だった。

まさに修行な修行走

今年はトレイルランニングのレースにあまりモチベーションがわかなかったんだけれど、それでも出ることにした修行走というレースを走ってきた。
お金払ってレースに出るならば、そのお金と時間でどっか走りに行ったほうが楽しいんじゃないか、というのが最近の自分の傾向なのだった。もちろんレースならではの楽しさや厳しさなどは理解している。ただ、出たいレースにほぼ出てしまったから、これというレースがないのが現状だ。タイムや順位などがだいたい想像できてしまうしね。

そんな中でも修行走に出ることにした理由は2つ。一つは身延山がずっと行こうと思っていた日蓮宗の総本山であり、そこで開催しているドS(ドM?)と噂されるレースにとても興味があったから。もう一つは、レースに出ないとターゲットの設定がなく、走ることがない。運動しないとやはりダラケて体中がたるんでいくので、これはいかんと思ったわけ。

ということで修行走にロックして、4週間前の10月30日から練習というかランを始めた。ランニングアプリを見ると、最後に自分でロードランをしたのが6月だった・・・4週間で合計115km、ロード9回、トレイル1回。スキマ時間が減りまくる中、これが今の精一杯。最終的には4:50/km(10km)の走力で、信越だったら17時間台くらいのレベルになったと思われる。すなわち修行走の目標タイムは6時間切りで、実力的には6:15くらいなところかな、と。

しかしここで大どんでん返しがあって、季節外れの雪で山が覆われ36kmのコースが6kmのコースに。しかも900mの標高差の激坂を登るだけというバーティカルコースに。雨予報の当日は、雨もふらず予想外に暖かい。半袖短パン、アームカバーとグローブという格好で挑んだ。

ウェーブスタートで20秒おきに5人がスタートしていく。山門をくぐるとすぐに猛烈な登り。心拍は速攻170に達し、走ることはできずに歩きメインにした。直前に「Mountain King」のストックを借りたんだけれど、登り一辺倒のコースでこれは非常に役立った。グリップの柔らかさがとても好みだし、斜面に吸い付くように安定した先端もいい。ひたすらストックに体重をかけながらパワーウォーク。傾斜がなだらかになったら小走りをする。無心の境地には達することができなくて、とにかく辛かった。30kmのレースだったら下りで力を抜いたり、エイドで休んだり、誰かと話したり、喜怒哀楽があると思うのだけれど、話す余裕もないし、ジェルを食べたり水を取ると呼吸困難になるので余計に苦しい。コースも距離もあまりわからないため、どこでどの程度力を出すべきかもわからなかった。どんだけだよこれ〜とあえぐこと54分、無事山頂のコースに到着。誰もが予想していなかった絶景が待っていた。まさに修行と言える普段体験することのない楽しい経験だったけれど、バーティカルは辛いってのが心からわかりました。

6kmのコースなのだが、帰りも走るため結果は12km(笑)。途中から全力で下ったら結構筋肉に響いた。久しぶりにいろんな人とあえて、大会の雰囲気も面白く、いいイベントだった。

社内アウトドアピープルを増やすべく、同僚たちを誘って5人で参戦したのだけれど、前夜祭や宿の食事、飲み会などが最高に楽しく、またリピートしたいねとなった。まあ、七面山に登れてないから、次回がきっとあるだろう。

台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.04

たっぷりと睡眠を取って5:00に起きた。さすがに昨日の行程がこたえたのか腰や背中が傷んだ。雨は止んでいたが、ツェルトやカッパ含め全てが濡れていた。ガスコンロに火を点けお湯を沸かし、尾西のフリーズドライを食べた。あまりお腹は減っておらず、持ってきた食料はあまり気味。体調が悪いせいもあって運動の強度を上げられていないので、体力が余っているんだろうな。6:30には出ようと昨夜決めていたけれど、4人ともなるとそうもいかず、ツェルトを畳んでパッキングを済まし出発したのは7:00だった。空は十分に明るく、中央尖山が木々の合間から見えた。3日目にしてようやく晴れる気がした。

IMG_6642

IMG_6399

メインルートでない懸念していたショートカットとなるルートを行く。地図上では点線なので気になるところだった。稜線上に踏み跡はなんとなくあり、進めそうな気がした。ここが進めなかったら15時間くらいの遠回りになり、またどこかで夜を明かなければならない。進むと黄色い印が見える。これは大丈夫そうだと一同歓喜する。尾根上に進めば道を踏み外すことは無さそうで、印で正しいルートか確認ができそうだった。しかも、真也が『山と高原地図』の台湾版アプリを入手していて、そのアプリでルートに乗っているのか外れているのか確認ができ非常に心強かった。

IMG_6410

IMG_6643

ただ、それでもそのマーカーが遥か下の谷へと続いていて迷ってしまったり。稜線が崖になっていて回り込まなければいかなかったり、藪漕ぎがひどかったり、一筋縄ではいかない。右へ行ったり、左へ行ったり、斜面を降りてから登り返したり、ふた手に分かれて印を探したり、いくつかの難所を越え右往左往すること90分位だろうか、点線上のルートの半分くらいのコルに着いた。上出来である。あとのルートは簡単で、道を下ることもう90分、比較的すんなりと、昨日予定していたオリジナルルートと合流した。これで今日帰れる! 誰もがそう思って喜んだ瞬間だった。

IMG_6417

川まで下ってランチタイム。川といえば昨日の川の記憶がよみがえる。クリフバーを頬張りながら、橋を探すとやはりなかった・・・・ ただ昨日ほどの瀬はない。濡れるけれど渡れるからいいねと、バックパックの中身に入念な防水加工を施し一番流れが緩やかなところを渡渉することにした。死ぬリスクがなければ楽なものである。また、緯度が南だけあって水もそこまで冷たくはなかった。濡れたのは下半身だけで済み、これで大ボスクリアかなと一同思ったのだけれど、そうは問屋がおろさないのが台湾の山!

IMG_6644

IMG_6435

ルートであるはずの斜面は崖崩れで一面剥がれ落ちており、ここから標高差で400m上部の初日の道との合流地点までは沢を詰めることになった。「どんだけだよ〜」ともはや笑うしかない!!

IMG_6437

IMG_6440

幸いにも沢にもルートが開拓されていて、目印となる黄色いマーカーが点けられているし、難所にはロープなどが張られていた。雨季や台風ともなると猛烈に流れそうな急峻な沢、その証明にいくつもの巨木が川の中心に横たわっている。こんな厳しいところにルートを設けて道を切り開く台湾の山好きの人々の熱意に心を打たれた。水量はあまり多くなく、もうすべてが濡れてしまっていたからバシャバシャと進む軽度の沢登りは気分転換にもなって楽しいものだった。

IMG_6525

IMG_6645

繰り返すがもはや笑うしかない!ここまでくると。

そして11:00、我々はついに初日に通ったルートへ合流したのであった。「キター!今度こそ!」と一同感無量。

IMG_6458

下から見上げた初日に見たであろう道標! もう、帰れる、クリア目前。

IMG_6459

ここからは正真正銘下り基調! 朝の晴れは幻で結局最後まで雨が降っていた。最後のボーナスなのか、お別れの印なのか、一瞬北一段の山々が雲の間から顔を見せた。

IMG_6463

ゴールを見据えた我々の足取りは軽かった。バスに間に合うといいな、と。欲張らず安全第一と思いながらもペースが上がる。下り坂を走るとその振動で頭痛がする、最後まで風邪っぴきのままだった。下りのコースタイムは甘々で簡単に短縮できた。勝山を超え、登り口の象徴でもあったキャベツ畑に着くとその独特の青臭い匂いで出発時の記憶がフラッシュバック。始まりはキャベツで終わりもキャベツ、そんな山(笑)。ただ、我々は無事に目的の山と目的のコースを踏破してここまで戻ってきたのだ。

IMG_6472

13:30、一同無事下山。14:00、時間ぴったりにバスが来た。

IMG_6479

バスで羅東へ、宿にタクシーで荷物をピックしにいき、つづいて台北行きのバスに。バスの中でbooking.comで宿の予約をした。台北に着くとシャワージャンケンをして、夜市に繰り出した。山から現実への帰還。いつもこの瞬間と余韻が大好きである。餃子を噛み締めビールでのどを潤す。二次会に繰り出したかったけれど、部屋のライト点けたままバタンキューとなってしまったのは言うまでもない。

台湾にまた山登りをしに来るか?そう聞かれたらわからないと答えると思う。
そもそも的に北アルプスに行く感覚で台湾の山を登りに行こうよ、と友人を誘ったところから旅がスタートした。そんなライトな目的には十二分に応えてくれた。台湾の山々は荒々しく、タフで、そして素晴らしかった。そしてもちろん、最高の仲間達と最高の時間を過ごした日々となった。

台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.03

5:00に全員のスマホから一斉にけたたましいアラーム音が鳴る。起きる気配がない同部屋の台湾人には申し訳なかったけれど、お湯を作ってフリーズドライのピラフとラーメンを作る。6:30に出発し、ヘッドランプを点けながら笹の斜面を上った。

IMG_6345

水が切れていたので地図に印があった場所で水場を探すと、それは川ではなく小さな溜池だった。ただ、池といっても水が湧いているようで、見た目は綺麗。浄水して飲水を作ると、空がかなり明るくなってきた。いい景色だった。このまま晴れていってくれないかな、と南湖山荘へと続く稜線を上がる。その先に見える絶景を期待しながら。

IMG_6349

IMG_6055

IMG_6056

しかし絶景はいつまでたっても現れず、辺は段々とガスに覆われていった。アップダウンが続く細くて急峻なトレイルでなかなか手応えがある。

IMG_6615

IMG_6613

山荘に着いたのは8:50。大きな避難小屋で沢山の登山者がいた。ここに泊まっている人は少なくとも前々日に出発しているわけで、ひどい雨の中を来たに違いない。台湾の登山者はメンタルが強いなあと改めて思った。辛い登りだった。昨夜はみんなに意欲的なコースを提案したけれど、山頂に行ったらもと来た道を戻ってもいいかなと弱気にもなっていた。コルに上がると道は別れ、山頂へ続くのは行き止まりの一本道。足場は不安定で、ルートも分かりづらかった。いくつかの偽ピークを経て、岩をよじ登り、10:20についに3742mの山頂へと着く。激しく横殴りの雨風で、のんびり景色を楽しむなんてもってのほか。といっても展望はまったくないのだが。記念写真だけ撮って、元来た道を下ることにした。運命の分岐のコルで作戦会議。時間が早く順調なこともあってか、このまま戻るいわゆるピストンのルートではなく、ここから尖山へと向かいそこから北上する、元の道をほとんど通らないループコースへチャレンジしようとなった。この決断が後に大変な目に合うことは、つゆ知らずに。

IMG_6608

IMG_6516

DCIM100GOPROGOPR1542.

ここからは下り基調なはず、とザレ場を一気に下る。すると道がなくなりミスコース。登り返してまた下った。森に入ると苔が美しい。ここもまた、屋久島のようだった。一同美しさに心奪われ、ため息をつきながら、写真を撮ったり景色を眺めたり一向にファストではない。

IMG_6619

IMG_6621

地図に巨石と書かれているだけあって、巨岩が次第に増えていき、苔が消えると大きな岩のロックガーデンとなった。石をアスレチックのように登って下り、昨日と同じような笹に覆われた斜面に出た。標高を随分と下げてきた証拠で、下界は霧が晴れ鬱蒼とした森が広がっていた。ここからはとにかく高度を下げる。笹が終わると松が生えてきて、斜面はどんどん急になってきた。大瀑布と地図に書かれたポイントで川に合流するはずで、そこからコースタイムで川沿いに2時間ほど緩やかに下れば今日の目的地の野営地のはずだった。「無事に行けたねー、ループコース」とかッセに呟くと「気が早いよ」とごもっともな返答があった。

IMG_6624

IMG_6374

IMG_6616

IMG_6590

川の音が大きくなるとともに、下りの道も険しくなっていく。ロープを伝って降りる場面が増え、後ろからくる仲間に「滑るから慎重にね」など注意をしながら進むことになった。大瀑布という名称にふさわしい立派な滝が目視できるようになり、最後は崖のようながれ場を下ることとなった。川が目前に近づくと、先頭を行くカッセが止まっている。どうやら道が見つからないようだったが、正確には道がなくなっているのであった。ルート的にはどうしてもここで川を渡らなければいけない。すでに斜面は崖状態で川の上流にも下流にも歩いてはいけない。ただ眼下の川には橋もなければ渡れそうな場所もない。おまけにこの数日の激しい雨で水量が増えていて激流となっていた。やれやれ、結局いつものアドベンチャーか。

IMG_6626

なんとか渡れる場所を探さなければならない。上から見ていても仕方ないので、川まで降りて渡渉ポイントを探すことにした。上流部は滝、二本の川がちょうど合流してそれぞれがかなりの水量だ。ここで渡ったとしてもその先は崖で登れそうにない。下流部は先が見えないほどの瀬の連続でラフティングには楽しそうだけれど、生身だとかなりの確率でこの世にさようならとなりそうだった。中流におそらく胸くらいの高さまで浸かることになりそうだが、渡れそうなラインが見える。ただし、少しでも足を取られたら5m先の瀬に巻き込まれてリカバリー不能。可能性は成功が6で失敗が4だろうか、いや7:3だろうか。胸まで濡れるとして着替えはあるから着替えたとして・・・と何度かシュミレーションをする。

もしくは今からさっきの崖のような道を登り返すか。みんなが行くならチャレンジしようと思っていたけれど、出した結論は引き返すというものであった。我々もみんな父になり、大人になったんだなと思った瞬間だった。ただし、登り返すのも不確定要素があった。600m登れば、おそらくは分岐があり、川を迂回してこの先のコースに合流できそうだった。ただ、先程通ったときに分岐を確認できておらず、道が本当にあるのかもわからなかった。もし道がなければ、コースタイムで20時間くらいの道のりを戻らなければならず、明日夜通し歩くか、どこかで泊まるかという選択肢。それでも、たとえ10時間追加で歩くことになったとしても、命を天秤をかけたらどうってことないじゃん、と思ってしまった。より死のリスクが低い方を選ぶ、確かな選択だと思った(ようやく、この歳にして)

IMG_6627

IMG_6389

IMG_6501

すでに15:00を過ぎていた。夕暮れまで2時間しかない。疲れた体にムチを打って、何も面白くもない元来た道を登り返す。これが一人だったら最悪だけれど、みんなで空元気をだして、ゲスな話をして疲れをごまかしながらゆっくりと登る。夕暮れ前に600mを無事登りきり、来るときに確認していた広場についた。かなり斜めだけれども、4人分のツェルトのスペースはありそうだ。まずはジャンケンで場所を決め、雨の中ツェルトを張る。濡れたものをすべて脱ぎ、狭いスペースで頭を垂れながらお湯を沸かしてご飯を食べた。なかなか疲れた一日だった。ツェルトの中は全てのものが濡れすぎて、身動きも取れずに快適じゃなかった。明日がどうなるのかわからなかったけれど、食べて寝ればまた動くことができる。食って寝てひたすら動く、それだけのシンプルな生活なので、この時点でもはややることもできることもなく、すぐに寝についた。

IMG_6642

台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.02

3:00に起き、ホテルのフロントから外を覗くとタクシーは待っていた。おじさんを起こし荷物を預け3日後に帰ってくるからと告げてから外に出た。ホテルのシャッターは閉められ、ここからはワンウェイである。タクシーの青年は我々を乗せると友人宅に行き、なぜか友人が車で同行することになった。メーターを点ける。自分の計算では80km走っても2,000元くらい、すなわち6,000円がいいとこだろうと思っていた。4人で割ればたいしたことはない。朝の5時間を失うよりよっぽどマシである。雨の中車は進み、最後のコンビニだよと言われたファミリーマートにてコーヒーを買った。「電光掲示板に7号線が閉鎖されているって書かれてたなあ」と真也がボソリ。程なく進むと道路にはA型のバリケードがあり、やはりこの先は進めない、というようなことが書かれていた。

IMG_6304

IMG_6302

ドライバーにどうしようかと聞かれたけど、バリケードをすり抜けて進めるところまで行ってみようよ、と提案してみた。それから5分は進めたのだけれど、そこから先はテープが道路を塞いでおり、本格的な通行止めとなっていた。この先は土砂崩れなどで道路が遮断されているらしい。これ以上進んで警察に見つかると罰金だよ、とドライバー。どうしようかと聞かれたけれど、街に戻ろうとしか言えなかった。しかしホテルはすでにシャッターが下ろされて閉まっていたし、とりあえずバスターミナルに戻ってみたけれど5:00前で真っ暗だった。隣の駅の2階なら空いているよと言われて、ドライバーとお別れしてから二階に上がってベンチに座った。皆で大したアイデアもなく、作戦会議をする。そして項垂れる。

IMG_6301

バスが7:00に出るので、それまでに通行止めが解除される希望を持ってひとまず待とうとなった。でも開かなかったら・・・台湾まで来ておいて何も調べていないけれど観光なのかな。あと4日間もある。やや悶々としながら、それでも仲間と一緒なのでなるようにしかならないしな、とある程度割り切った気持ちになった。6:30にバス停に向かうとあっさりと登山口である「勝光」行きのチケットが購入できた。あれ行けるのか?と淡い期待をいだきながらバスを待つとそれは来た、しかも定刻通りに。大型ザックを抱えた、いかにも縦走登山客的な若者3名もバスに乗る。そしてバスは出発し、先程の通行止めの箇所もサクリと越えた。ただ、道路はひどいもので、かなりの場所が土砂崩れの被害にあっていて、道の半分がえぐれて川に落ちてしまっている箇所もある。それでもバスは比較的順調に進み、途中の南山村でトイレ休憩。ここで肉まんとチマキを購入、美味しかった。

IMG_6305

9:45に勝光で降ろしてもらい、ついでに帰りのバスの時間を聞いた。14:00が「羅東」行き、14:20が「イーラン」行きとのことだった。雨が少しぱらついていたけれど、なんとかスタート地点にはたった。もう10:00だけれど、今朝の4時には立てるとは想像できなかったものだ。

そして我々はスタートした。リンゴ畑を超え、キャベツ畑が続く道を。

IMG_5987

道は軽トラが通れるほどの林道で、溜池を越えると杉林の中のスイッチバックの登山道となった。勝光という小高い丘を越え、約一時間で正規ルートと合流する。ここまでコースタイム100分のところを60分である。台湾の山のコースタイムは厳しめ、と聞いていたのだけれどそうでもないみたいだ。

IMG_5992

3組ほど台湾人登山パーティーを追い越した。この予報でも山に入っている人がいることと、我々よりペースが遅いのが安心どころだった。比較的若い登山者が多く、誰もが巨大なバックパックを背負っていた。日本で言うところの70L〜80Lレベルで、外側にリンゴがたらふく入ったビニール袋が取り付けてあったり。こりゃ重いはずだ・・・

IMG_6005

IMG_5993

しばらくは平らだったので「ファストパッキーング!」と叫びながら、小走りで進む。小川をいくつか越えると林道と呼ばれている7kmの区間は終わる。ここに国立公園の看板が大きく立っていて、いよいよ本格的な登山道となった。

IMG_6018

スイッチバックを折り返しながら進む森の中の道。雨でカッパを着ているせいか汗が吹き出してくる。高度がそれなりにあるから気温はそこまで高くないのだけれど、低山だったら蒸してこれどころじゃないんだろうな、そんなことを思いながら登る。巨木と一言で言うには失礼なレベルの、まるで屋久島に生えているような大きな木々ばかり。「うわ〜」と一同ただ感動しながら進んだ。雨で展望が優れないぶん、苔むした森の中は神聖な光景だった。一時間と少しで多加屯山2795mに着く。展望はまったくなかった。ここまでは笹の猛攻が続く。両脇から笹が覆いかぶさっている道で、チクチクするし、暑くて短パンになっていると下半身がびしょ濡れになってしまった。

IMG_6031

下っては登り、ほどなくして雲稜山荘へと着く。時間は15:00、山ではここで行程を切り上げていい時間だが、当初の予定では南湖山荘までたどり着いておきたかった我々としては、出発が5時間遅れていたとしても、今日中にできる限り進んでおきたかった。小屋はいわゆる無人の小屋だがとても立派で、就寝スペースの他にキッチンがあり大変賑わっていた。女性のトレッカーにコーヒーを進められ、後ろ髪を惹かれる思いだったが、前へ進むことにした。夕暮れまであまり時間がないが、次の山小屋までコースタイムで3時間30分、進まなければいけない。

IMG_6322

山小屋から次のピークまでは500mアップ、しばらくは登りが続いた。気温も下がってきたので、立ち止まると寒い。最低限の装備で挑むファストパッキングスタイルだと動きながら体温を上げることを前提としているため、疲れて足取りが遅くなると辛い。これは結構リスキーなアクティビティのスタイルだなと思った。実は2日くらい前から咳が止まらず、体調が万全ではなかったのだ。本来なら坂道も駆け上がりたいところだったけれど、3日目まで体力を温存しておこうと慎重に進んだ。メンバーの一人、オカピーはアウターの中がびっしょり濡れてしまい、休むと凍えて寒そうだった。

それにしても見事な巨木の森だった。植生といい、雨の多さといい、苔むした感じや巨木、まるでここは屋久島だった。
IMG_6484

IMG_6574

17:15、雨も弱くなってきた中、道をそれて台湾の百名山の一つである審馬陣山へと登る。あいにくと眺望はゼロだった。

DCIM100GOPROGOPR1527.

残念に思いながら目的地の山小屋まで下っていくと、雲が急に消え目指す南湖大山が姿を表したのだった。4人共歓喜の声を上げた。明日進む稜線もくっきりと見える。3:30に起きて、行けるかいけないかわからなくなって、それでも来ることができて、そしてここまで進むことができて、これはまるで今日諦めずに前を向き進み続けた我々へのシメのご褒美のような気がした。

IMG_6526

IMG_6335

IMG_6046

18:00、審馬陣小屋へ。小さなプレハブが2つ並んでいるだけのミニマルな小屋。予約していなかったので外でテントを張ることも考えたが、予想通り中には誰もいなかった。もうじき夕暮れなので、当然もう誰もこないと踏んで大きい目の小屋に泊まらせてもらうことにした。濡れた服を脱ぎ、マットを広げお湯を沸かし、極楽である。「予想していたより進めたね、明日どうしようか。天気はどうかな」アルファ米を食べながらそんなことを話し、一同満足感に浸っていた。

IMG_6584

19:00過ぎに外でライトが光る。まさかの登山者到着。いまさら外にテントを立てたくないね・・・とビクビクしていたら登山者は一人だったようで小さい方の小屋に入っていった。もう寝ようか、とライトを消そうとした20:00頃。今度は複数の声が外から聞こえてきた、まさかのグループ到着。きっと追い越した人たちに違いないけれど、暗闇の雨の中、大きな荷物を背負って2時間も歩いてきたことになる。台湾人のメンタルの強さにびっくりしたけれど、さて、問題は小屋のスペースだ。ガラガラガラ!と扉は開かれ人数をカウントされた。どうやら小さい小屋には入り切らない人数のようで、こっちに一人入れるか?と相談された。もちろんだよ、とスペースをあけて、やはりちょっとホッとした。さすが今から外で寝たくはなかった。

この後は誰も来ることがなく、移動二日目にして3:00に起床し動き続けて疲れ果てていた我々は深い眠りに落ちていった。

yama_024b