冬の休日

今年は滑りは諦めてもいいかな。いや、だってやることも色々あるし、仕事も忙しくなってきちゃったし、家含めてこの先考えなきゃだし。そうは思いながらも、苗場に2回、ファミリーで富士見パノラマに2回と足を運ぶ。やっぱりこのスノーボードというアクティビティは、全アウトドア・アクティビティの中で最高と思ってしまうわけで。

大寒波が襲来し、週末はどこもパウダー。行かない、と決めていても心がザワザワとするものだ。なんだか懐かしいこの感じ。すると嫁さんが「あれ、週末どこも行かないの?」いや、家にいるよ・・・「なんか最近冬なのに家にいすぎじゃない?いつもかなりいないじゃん」え、一応自粛しているのだが・・・「行ってくれば?」え!いいの!幸いタカが19:00に行けることがきまり、4:00に出発し関越を北上することになった。

トンネルを越えるべきか、どこに行こうか?すると高崎からは雪。後続はチェーン規制に巻き込まれ渋滞となりそう。沼田でいいね、と某スキー場に向かった。あいにく大会が行われていて、急斜面のコースはことごとくクローズなのだが、コース脇にちょいパウが残っていたり。それで遊んでいたら、大会が終わったコースに大パウが残っていたり。最終的には後半雪が振りまくってリセット祭り。

今日のパートナー / Taka, Partner of the day. #japow #telemark #oze #japansnow2017

Sasaki Takujiさん(@mountak)が投稿した写真 –

これを最高と言わずしてなんと言おう。
早く上がろうね、と言っていたのに上がったのは16:00過ぎ。ていうかほぼ最終。渋滞に巻き込まれ、温泉に浸かり、ご飯を食べ、家についたのは23:00。よくやるよねえ、今日の活動19時間でっせ。この労力を上回る感動体験がやっぱりあるよなあ、それはきっといくつになったとしても。
Viva Snowboarding!

#japow #snowboarding #japantrip #oze #japanmountain #jones

Sasaki Takujiさん(@mountak)が投稿した動画 –

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2016ふりかえり

12月28日、午後は半休にして仕事を納める。家で「写真未整理」というフォルダを整理していたら、生産性がなさすぎて悶々としてきた。その作業は正月の宿題として、少しは意義がありそうな今年のふりかえりをしてみたいと思う。相変わらず、どこへ行って何をしたか、という振り返りだけになるが。

●2016年1月
そうだった会社を13日間休んで南米はベネズエラに行っていたのであった。目的はギアナ高地のロライマ山登頂。
http://www.tabibum.com/blog/?cat=48

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月末には立科YHに息子と一緒にスキー旅行に出かけたみたいだ。

●2016年2月
ニセコモイワのウッドペッカーズに泊まっておなじみのメンツで5日間のスノートリップ。しかし北海道なのに雨だった・・・
http://www.tabibum.com/blog/?p=4112

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その後10日と経たないうちに三世代旅行でハワイのホノルルへ。書いてるだけで、何このやり過ぎ感。

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●2016年3月
月初までハワイ。仕事が超絶忙しい時期なので、週末は寺とスキーに行ったくらいかな。

●2016年4月
仕事でonyourmakメンバーと阿蘇と久住のランニングトリップ。
http://mag.onyourmark.jp/2016/06/campandrun01/93476

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この月から子どもたちと月一キャンプをしようと決めて、第一弾として田貫湖に行った。
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仕事では原宿のフラッグシップオープンや広告企画などでテンヤワンヤだった模様。
ただ、休日出勤の代休を当て平日山行を企てる。雪が少なすぎてスノーボードらしい滑りができていなかったので、真也と富士山に滑りに行こうとしたのだが、前日に滑落の死者が出たのでトレランに切り替え。蓼科山へ向かったが、まさかの雪で大変な目にあった。相変わらずいつも大変(笑)

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●2016年5月
GWの長期休暇はとらずに、子供の日から出張となった。行き先はなんとアラスカ。今年最も幸せな仕事だったと思う。
大好きな雑誌『Coyote』の星野道夫特集号にて、10Pタイアップの同行。成瀬洋平くんと編集者の足立さん、カメラマンの間部さんと4人でシアトル経由でジュノーへ。星野さんの盟友リン・スクーラーさんの自宅に泊めていただき、その後悠久の森へバックパッキングトリップ。フィヨルドを進むフェリーにてシトカへ。星野さんのトーテムポールを見て近くの山へと登った。星野道夫さんとは自分にとって一体どんな存在だったのだろうか。行く前に雑誌や本を読み返し、ガイアシンフォニーを観返し、自分をも見つめ直した、そんな贅沢な時間が忙しさの最中にあったように思う。また別のときにまとめられるといいな。

http://www.switch-store.net/SHOP/CO0059.html

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帰ってすぐに東海自然歩道を一撃で走破しようとしている石川弘樹の応援に遥と向かった。このオトコはなぜ走り続けているのか、息子にはさぞかし不思議だったに違いない。今でもその記憶は息子のどこかに刻まれているみたいだ。

5月のキャンプは浩庵キャンプ場へ行き、その後パノラマ台へと登った。
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下旬には今年お気に入りスポットとなった葉山公園で海開き。

●2016年6月
学生時代の親友が引っ越す前に静岡に来いと何度も誘うので、仕方なく(笑)深夜に泊まりに行き、小雨の中、達磨山に登った。

アラスカの心の整理がつかぬまま10日にはNYCへ。ファッションシュートとビデオ撮影が目的。ドライバーもしてディレクションもして、かつ通常業務の仕事が日本からやってくるので、多忙を極めスキマ時間を作ることがほぼできなかったけれど、面白い旅だった。

6月のキャンプはさくっと遥と二人で三戸浜で海キャンプ。
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キャンプ以外にも葉山公園に仲良し家族でデイキャンプをした。

●2016年7月
NYから帰ってきて2週間と経たずに、アメリカのジャクソンホールへ。
onyourmakの今年の特集の最後を飾るイエローストーンとグランドティトンへの旅だった。キャンプをしながらトレイルランニングをする。3年目となり、メンバーとの呼吸もあい、いいアウトプットを皆で同じ方向を向いて作ろうとしている。そんな恵まれている時間を過ごした。

http://mag.onyourmark.jp/2016/08/runandcamp03/96372

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旅から帰ってきてから遥とユーシン渓谷へと出かけた。

その翌週は恒例のキャンプへ。今回は清水の黒川で実施したんだけど、どんどん家族が増えてきてすごいことになってきた。

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月末には香港の支社の人をアテンドして塔ノ岳へ。
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●2016年8月
この数年、夏に島で銛突きをするのが恒例になっているのだが、去年から親子参加もありとなってきている。今年の夏は怪しい探検隊に出てくる粟島に行くことになった。ハルが高熱を直前に出し、予定より一日遅れての出発。しかも初日は38度のまま島に上陸という厳しい状況だった。その後回復し、みんなでかつてない大物をゲットしまくるという機会にも恵まれた。とても楽しかったけれど東北の渋い島な感じだったので、来年はリゾートの三宅島に戻りそうな予感。

三浦の隠れビーチに日帰りで行った。
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20日にはファストパッキングスタイルで夜行バスで白馬岳へと向かう。不帰キレットの直前で天候が崩れてきて、安牌をとって下山することにした。
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家族で星野道夫展へ。

●2016年9月
6日間の夏休み、ハルと沖縄への二人旅、座間味へ。とにかく最高だったので毎年実施したいと思ったレベル。
http://www.tabibum.com/blog/?p=4325

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父の古希祝いの三世代旅行@熱海が開催された。
信越五岳や斑尾など、トレイルレースへの出展があり、休日出勤が続くので、代休をエイっと使い6日間の北海道家族旅行へ。旭山動物園から大雪山、釧路湿原を周る。

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●2016年10月
今年は仕事ではいろいろ行っているものの、自分的チャレンジや遠征ができていないのではないかとふと思い、台湾の山にハラペコ探検隊で向かうことになった。すごい天気だった。今年は雨男だな。
http://www.tabibum.com/blog/?cat=50

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月末にかけてサンディエゴへ出張。ジョシュア・ツリーやSalvation Mountainなどを周る。これまた猛烈に忙しくて息をつく暇もなかったけれど、皆がホテルに泊まる中、ジェリーさんとジョシュア・ツリーに泊まって朝焼けを見れたのはいい思い出。
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●2016年11月
さすがに息切れしてきて、家にしばらくいたいなと。
休日は子どもたちと公園で遊んだり、海の近くで家探しなどをして過ごした。
修行走というトレイルレースに出るためこまめに100kmくらい走り、振替休日に大山に一人で向かった。
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遥の七五三をして、法事でいわき市へと行き、身延の修行走へ出かけた。
http://www.tabibum.com/blog/?p=4445

●2016年12月
「キャンプ行かないの?」という遥の言葉にハッとする。月一キャンプはどうした?9月に北海道と沖縄でキャンプしまくって、10月には自分は台湾とジョシュア・ツリーでキャンプをしていたので満足しきってしまっていた。行きたい、と彼が言うので二人なら寒くても平気だろうと田貫湖へキャンプへ。よく行くホームグラウンドとも言えるべきキャンプ場があると、そこでしか感じられない四季の変化やわが子の成長があるな、と思った次第。
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今年は雪の降り出しが早いので18日に苗場にてシーズンイン。

お世話になったいろいろな方々と忘年会した。
明日12月29日からは八ヶ岳へ3泊4日の旅行へと出かける予定。

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さくっと整理してみようと思ったらぜんぜんサクッとできなかった。振り返ってみると相変わらずとにかく人に恵まれ、仕事の機会にも今年は恵まれ、それを許容してくれる家族にも恵まれている。なにが現状不満を引き起こしているのだと、無い物ねだり感を自問自答したくなる。それにしても、これって今年だったんだろうか、あれもこれも?というくらい色々なことがあり、次へ次へと突き進んでしまった。この経験や体験から自分は何を得ているのか。それが噛み砕けていないから、すべてがバラバラのピースでまとまりがなさすぎるから、もわっとした感情を持ってしまって消化不良感があるのではないかと思う。仕事、家族、そして諦めきれない自分の欲望、と三つが絡まりあって、すべてを優先させようとするからきっとこうなっている。もう少し落ち着いてふりかえり、経験を染み込ませて自分のものとしてから次へとできるといいんじゃないかな。iTunesに音楽を入れすぎてしまって、どの音楽が好きだったのか、あんな曲もあったな、どうやって取り出すんだったけな、という感覚にちょっと似てるなと今思った。いやー、なんかすごい一年だった。

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まさに修行な修行走

今年はトレイルランニングのレースにあまりモチベーションがわかなかったんだけれど、それでも出ることにした修行走というレースを走ってきた。
お金払ってレースに出るならば、そのお金と時間でどっか走りに行ったほうが楽しいんじゃないか、というのが最近の自分の傾向なのだった。もちろんレースならではの楽しさや厳しさなどは理解している。ただ、出たいレースにほぼ出てしまったから、これというレースがないのが現状だ。タイムや順位などがだいたい想像できてしまうしね。

そんな中でも修行走に出ることにした理由は2つ。一つは身延山がずっと行こうと思っていた日蓮宗の総本山であり、そこで開催しているドS(ドM?)と噂されるレースにとても興味があったから。もう一つは、レースに出ないとターゲットの設定がなく、走ることがない。運動しないとやはりダラケて体中がたるんでいくので、これはいかんと思ったわけ。

ということで修行走にロックして、4週間前の10月30日から練習というかランを始めた。ランニングアプリを見ると、最後に自分でロードランをしたのが6月だった・・・4週間で合計115km、ロード9回、トレイル1回。スキマ時間が減りまくる中、これが今の精一杯。最終的には4:50/km(10km)の走力で、信越だったら17時間台くらいのレベルになったと思われる。すなわち修行走の目標タイムは6時間切りで、実力的には6:15くらいなところかな、と。

しかしここで大どんでん返しがあって、季節外れの雪で山が覆われ36kmのコースが6kmのコースに。しかも900mの標高差の激坂を登るだけというバーティカルコースに。雨予報の当日は、雨もふらず予想外に暖かい。半袖短パン、アームカバーとグローブという格好で挑んだ。

ウェーブスタートで20秒おきに5人がスタートしていく。山門をくぐるとすぐに猛烈な登り。心拍は速攻170に達し、走ることはできずに歩きメインにした。直前に「Mountain King」のストックを借りたんだけれど、登り一辺倒のコースでこれは非常に役立った。グリップの柔らかさがとても好みだし、斜面に吸い付くように安定した先端もいい。ひたすらストックに体重をかけながらパワーウォーク。傾斜がなだらかになったら小走りをする。無心の境地には達することができなくて、とにかく辛かった。30kmのレースだったら下りで力を抜いたり、エイドで休んだり、誰かと話したり、喜怒哀楽があると思うのだけれど、話す余裕もないし、ジェルを食べたり水を取ると呼吸困難になるので余計に苦しい。コースも距離もあまりわからないため、どこでどの程度力を出すべきかもわからなかった。どんだけだよこれ〜とあえぐこと54分、無事山頂のコースに到着。誰もが予想していなかった絶景が待っていた。まさに修行と言える普段体験することのない楽しい経験だったけれど、バーティカルは辛いってのが心からわかりました。

6kmのコースなのだが、帰りも走るため結果は12km(笑)。途中から全力で下ったら結構筋肉に響いた。久しぶりにいろんな人とあえて、大会の雰囲気も面白く、いいイベントだった。

社内アウトドアピープルを増やすべく、同僚たちを誘って5人で参戦したのだけれど、前夜祭や宿の食事、飲み会などが最高に楽しく、またリピートしたいねとなった。まあ、七面山に登れてないから、次回がきっとあるだろう。

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台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.04

たっぷりと睡眠を取って5:00に起きた。さすがに昨日の行程がこたえたのか腰や背中が傷んだ。雨は止んでいたが、ツェルトやカッパ含め全てが濡れていた。ガスコンロに火を点けお湯を沸かし、尾西のフリーズドライを食べた。あまりお腹は減っておらず、持ってきた食料はあまり気味。体調が悪いせいもあって運動の強度を上げられていないので、体力が余っているんだろうな。6:30には出ようと昨夜決めていたけれど、4人ともなるとそうもいかず、ツェルトを畳んでパッキングを済まし出発したのは7:00だった。空は十分に明るく、中央尖山が木々の合間から見えた。3日目にしてようやく晴れる気がした。

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メインルートでない懸念していたショートカットとなるルートを行く。地図上では点線なので気になるところだった。稜線上に踏み跡はなんとなくあり、進めそうな気がした。ここが進めなかったら15時間くらいの遠回りになり、またどこかで夜を明かなければならない。進むと黄色い印が見える。これは大丈夫そうだと一同歓喜する。尾根上に進めば道を踏み外すことは無さそうで、印で正しいルートか確認ができそうだった。しかも、真也が『山と高原地図』の台湾版アプリを入手していて、そのアプリでルートに乗っているのか外れているのか確認ができ非常に心強かった。

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ただ、それでもそのマーカーが遥か下の谷へと続いていて迷ってしまったり。稜線が崖になっていて回り込まなければいかなかったり、藪漕ぎがひどかったり、一筋縄ではいかない。右へ行ったり、左へ行ったり、斜面を降りてから登り返したり、ふた手に分かれて印を探したり、いくつかの難所を越え右往左往すること90分位だろうか、点線上のルートの半分くらいのコルに着いた。上出来である。あとのルートは簡単で、道を下ることもう90分、比較的すんなりと、昨日予定していたオリジナルルートと合流した。これで今日帰れる! 誰もがそう思って喜んだ瞬間だった。

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川まで下ってランチタイム。川といえば昨日の川の記憶がよみがえる。クリフバーを頬張りながら、橋を探すとやはりなかった・・・・ ただ昨日ほどの瀬はない。濡れるけれど渡れるからいいねと、バックパックの中身に入念な防水加工を施し一番流れが緩やかなところを渡渉することにした。死ぬリスクがなければ楽なものである。また、緯度が南だけあって水もそこまで冷たくはなかった。濡れたのは下半身だけで済み、これで大ボスクリアかなと一同思ったのだけれど、そうは問屋がおろさないのが台湾の山!

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ルートであるはずの斜面は崖崩れで一面剥がれ落ちており、ここから標高差で400m上部の初日の道との合流地点までは沢を詰めることになった。「どんだけだよ〜」ともはや笑うしかない!!

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幸いにも沢にもルートが開拓されていて、目印となる黄色いマーカーが点けられているし、難所にはロープなどが張られていた。雨季や台風ともなると猛烈に流れそうな急峻な沢、その証明にいくつもの巨木が川の中心に横たわっている。こんな厳しいところにルートを設けて道を切り開く台湾の山好きの人々の熱意に心を打たれた。水量はあまり多くなく、もうすべてが濡れてしまっていたからバシャバシャと進む軽度の沢登りは気分転換にもなって楽しいものだった。

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繰り返すがもはや笑うしかない!ここまでくると。

そして11:00、我々はついに初日に通ったルートへ合流したのであった。「キター!今度こそ!」と一同感無量。

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下から見上げた初日に見たであろう道標! もう、帰れる、クリア目前。

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ここからは正真正銘下り基調! 朝の晴れは幻で結局最後まで雨が降っていた。最後のボーナスなのか、お別れの印なのか、一瞬北一段の山々が雲の間から顔を見せた。

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ゴールを見据えた我々の足取りは軽かった。バスに間に合うといいな、と。欲張らず安全第一と思いながらもペースが上がる。下り坂を走るとその振動で頭痛がする、最後まで風邪っぴきのままだった。下りのコースタイムは甘々で簡単に短縮できた。勝山を超え、登り口の象徴でもあったキャベツ畑に着くとその独特の青臭い匂いで出発時の記憶がフラッシュバック。始まりはキャベツで終わりもキャベツ、そんな山(笑)。ただ、我々は無事に目的の山と目的のコースを踏破してここまで戻ってきたのだ。

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13:30、一同無事下山。14:00、時間ぴったりにバスが来た。

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バスで羅東へ、宿にタクシーで荷物をピックしにいき、つづいて台北行きのバスに。バスの中でbooking.comで宿の予約をした。台北に着くとシャワージャンケンをして、夜市に繰り出した。山から現実への帰還。いつもこの瞬間と余韻が大好きである。餃子を噛み締めビールでのどを潤す。二次会に繰り出したかったけれど、部屋のライト点けたままバタンキューとなってしまったのは言うまでもない。

台湾にまた山登りをしに来るか?そう聞かれたらわからないと答えると思う。
そもそも的に北アルプスに行く感覚で台湾の山を登りに行こうよ、と友人を誘ったところから旅がスタートした。そんなライトな目的には十二分に応えてくれた。台湾の山々は荒々しく、タフで、そして素晴らしかった。そしてもちろん、最高の仲間達と最高の時間を過ごした日々となった。

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台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.03

5:00に全員のスマホから一斉にけたたましいアラーム音が鳴る。起きる気配がない同部屋の台湾人には申し訳なかったけれど、お湯を作ってフリーズドライのピラフとラーメンを作る。6:30に出発し、ヘッドランプを点けながら笹の斜面を上った。

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水が切れていたので地図に印があった場所で水場を探すと、それは川ではなく小さな溜池だった。ただ、池といっても水が湧いているようで、見た目は綺麗。浄水して飲水を作ると、空がかなり明るくなってきた。いい景色だった。このまま晴れていってくれないかな、と南湖山荘へと続く稜線を上がる。その先に見える絶景を期待しながら。

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しかし絶景はいつまでたっても現れず、辺は段々とガスに覆われていった。アップダウンが続く細くて急峻なトレイルでなかなか手応えがある。

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山荘に着いたのは8:50。大きな避難小屋で沢山の登山者がいた。ここに泊まっている人は少なくとも前々日に出発しているわけで、ひどい雨の中を来たに違いない。台湾の登山者はメンタルが強いなあと改めて思った。辛い登りだった。昨夜はみんなに意欲的なコースを提案したけれど、山頂に行ったらもと来た道を戻ってもいいかなと弱気にもなっていた。コルに上がると道は別れ、山頂へ続くのは行き止まりの一本道。足場は不安定で、ルートも分かりづらかった。いくつかの偽ピークを経て、岩をよじ登り、10:20についに3742mの山頂へと着く。激しく横殴りの雨風で、のんびり景色を楽しむなんてもってのほか。といっても展望はまったくないのだが。記念写真だけ撮って、元来た道を下ることにした。運命の分岐のコルで作戦会議。時間が早く順調なこともあってか、このまま戻るいわゆるピストンのルートではなく、ここから尖山へと向かいそこから北上する、元の道をほとんど通らないループコースへチャレンジしようとなった。この決断が後に大変な目に合うことは、つゆ知らずに。

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ここからは下り基調なはず、とザレ場を一気に下る。すると道がなくなりミスコース。登り返してまた下った。森に入ると苔が美しい。ここもまた、屋久島のようだった。一同美しさに心奪われ、ため息をつきながら、写真を撮ったり景色を眺めたり一向にファストではない。

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地図に巨石と書かれているだけあって、巨岩が次第に増えていき、苔が消えると大きな岩のロックガーデンとなった。石をアスレチックのように登って下り、昨日と同じような笹に覆われた斜面に出た。標高を随分と下げてきた証拠で、下界は霧が晴れ鬱蒼とした森が広がっていた。ここからはとにかく高度を下げる。笹が終わると松が生えてきて、斜面はどんどん急になってきた。大瀑布と地図に書かれたポイントで川に合流するはずで、そこからコースタイムで川沿いに2時間ほど緩やかに下れば今日の目的地の野営地のはずだった。「無事に行けたねー、ループコース」とかッセに呟くと「気が早いよ」とごもっともな返答があった。

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川の音が大きくなるとともに、下りの道も険しくなっていく。ロープを伝って降りる場面が増え、後ろからくる仲間に「滑るから慎重にね」など注意をしながら進むことになった。大瀑布という名称にふさわしい立派な滝が目視できるようになり、最後は崖のようながれ場を下ることとなった。川が目前に近づくと、先頭を行くカッセが止まっている。どうやら道が見つからないようだったが、正確には道がなくなっているのであった。ルート的にはどうしてもここで川を渡らなければいけない。すでに斜面は崖状態で川の上流にも下流にも歩いてはいけない。ただ眼下の川には橋もなければ渡れそうな場所もない。おまけにこの数日の激しい雨で水量が増えていて激流となっていた。やれやれ、結局いつものアドベンチャーか。

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なんとか渡れる場所を探さなければならない。上から見ていても仕方ないので、川まで降りて渡渉ポイントを探すことにした。上流部は滝、二本の川がちょうど合流してそれぞれがかなりの水量だ。ここで渡ったとしてもその先は崖で登れそうにない。下流部は先が見えないほどの瀬の連続でラフティングには楽しそうだけれど、生身だとかなりの確率でこの世にさようならとなりそうだった。中流におそらく胸くらいの高さまで浸かることになりそうだが、渡れそうなラインが見える。ただし、少しでも足を取られたら5m先の瀬に巻き込まれてリカバリー不能。可能性は成功が6で失敗が4だろうか、いや7:3だろうか。胸まで濡れるとして着替えはあるから着替えたとして・・・と何度かシュミレーションをする。

もしくは今からさっきの崖のような道を登り返すか。みんなが行くならチャレンジしようと思っていたけれど、出した結論は引き返すというものであった。我々もみんな父になり、大人になったんだなと思った瞬間だった。ただし、登り返すのも不確定要素があった。600m登れば、おそらくは分岐があり、川を迂回してこの先のコースに合流できそうだった。ただ、先程通ったときに分岐を確認できておらず、道が本当にあるのかもわからなかった。もし道がなければ、コースタイムで20時間くらいの道のりを戻らなければならず、明日夜通し歩くか、どこかで泊まるかという選択肢。それでも、たとえ10時間追加で歩くことになったとしても、命を天秤をかけたらどうってことないじゃん、と思ってしまった。より死のリスクが低い方を選ぶ、確かな選択だと思った(ようやく、この歳にして)

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すでに15:00を過ぎていた。夕暮れまで2時間しかない。疲れた体にムチを打って、何も面白くもない元来た道を登り返す。これが一人だったら最悪だけれど、みんなで空元気をだして、ゲスな話をして疲れをごまかしながらゆっくりと登る。夕暮れ前に600mを無事登りきり、来るときに確認していた広場についた。かなり斜めだけれども、4人分のツェルトのスペースはありそうだ。まずはジャンケンで場所を決め、雨の中ツェルトを張る。濡れたものをすべて脱ぎ、狭いスペースで頭を垂れながらお湯を沸かしてご飯を食べた。なかなか疲れた一日だった。ツェルトの中は全てのものが濡れすぎて、身動きも取れずに快適じゃなかった。明日がどうなるのかわからなかったけれど、食べて寝ればまた動くことができる。食って寝てひたすら動く、それだけのシンプルな生活なので、この時点でもはややることもできることもなく、すぐに寝についた。

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台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.02

3:00に起き、ホテルのフロントから外を覗くとタクシーは待っていた。おじさんを起こし荷物を預け3日後に帰ってくるからと告げてから外に出た。ホテルのシャッターは閉められ、ここからはワンウェイである。タクシーの青年は我々を乗せると友人宅に行き、なぜか友人が車で同行することになった。メーターを点ける。自分の計算では80km走っても2,000元くらい、すなわち6,000円がいいとこだろうと思っていた。4人で割ればたいしたことはない。朝の5時間を失うよりよっぽどマシである。雨の中車は進み、最後のコンビニだよと言われたファミリーマートにてコーヒーを買った。「電光掲示板に7号線が閉鎖されているって書かれてたなあ」と真也がボソリ。程なく進むと道路にはA型のバリケードがあり、やはりこの先は進めない、というようなことが書かれていた。

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ドライバーにどうしようかと聞かれたけど、バリケードをすり抜けて進めるところまで行ってみようよ、と提案してみた。それから5分は進めたのだけれど、そこから先はテープが道路を塞いでおり、本格的な通行止めとなっていた。この先は土砂崩れなどで道路が遮断されているらしい。これ以上進んで警察に見つかると罰金だよ、とドライバー。どうしようかと聞かれたけれど、街に戻ろうとしか言えなかった。しかしホテルはすでにシャッターが下ろされて閉まっていたし、とりあえずバスターミナルに戻ってみたけれど5:00前で真っ暗だった。隣の駅の2階なら空いているよと言われて、ドライバーとお別れしてから二階に上がってベンチに座った。皆で大したアイデアもなく、作戦会議をする。そして項垂れる。

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バスが7:00に出るので、それまでに通行止めが解除される希望を持ってひとまず待とうとなった。でも開かなかったら・・・台湾まで来ておいて何も調べていないけれど観光なのかな。あと4日間もある。やや悶々としながら、それでも仲間と一緒なのでなるようにしかならないしな、とある程度割り切った気持ちになった。6:30にバス停に向かうとあっさりと登山口である「勝光」行きのチケットが購入できた。あれ行けるのか?と淡い期待をいだきながらバスを待つとそれは来た、しかも定刻通りに。大型ザックを抱えた、いかにも縦走登山客的な若者3名もバスに乗る。そしてバスは出発し、先程の通行止めの箇所もサクリと越えた。ただ、道路はひどいもので、かなりの場所が土砂崩れの被害にあっていて、道の半分がえぐれて川に落ちてしまっている箇所もある。それでもバスは比較的順調に進み、途中の南山村でトイレ休憩。ここで肉まんとチマキを購入、美味しかった。

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9:45に勝光で降ろしてもらい、ついでに帰りのバスの時間を聞いた。14:00が「羅東」行き、14:20が「イーラン」行きとのことだった。雨が少しぱらついていたけれど、なんとかスタート地点にはたった。もう10:00だけれど、今朝の4時には立てるとは想像できなかったものだ。

そして我々はスタートした。リンゴ畑を超え、キャベツ畑が続く道を。

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道は軽トラが通れるほどの林道で、溜池を越えると杉林の中のスイッチバックの登山道となった。勝光という小高い丘を越え、約一時間で正規ルートと合流する。ここまでコースタイム100分のところを60分である。台湾の山のコースタイムは厳しめ、と聞いていたのだけれどそうでもないみたいだ。

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3組ほど台湾人登山パーティーを追い越した。この予報でも山に入っている人がいることと、我々よりペースが遅いのが安心どころだった。比較的若い登山者が多く、誰もが巨大なバックパックを背負っていた。日本で言うところの70L〜80Lレベルで、外側にリンゴがたらふく入ったビニール袋が取り付けてあったり。こりゃ重いはずだ・・・

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しばらくは平らだったので「ファストパッキーング!」と叫びながら、小走りで進む。小川をいくつか越えると林道と呼ばれている7kmの区間は終わる。ここに国立公園の看板が大きく立っていて、いよいよ本格的な登山道となった。

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スイッチバックを折り返しながら進む森の中の道。雨でカッパを着ているせいか汗が吹き出してくる。高度がそれなりにあるから気温はそこまで高くないのだけれど、低山だったら蒸してこれどころじゃないんだろうな、そんなことを思いながら登る。巨木と一言で言うには失礼なレベルの、まるで屋久島に生えているような大きな木々ばかり。「うわ〜」と一同ただ感動しながら進んだ。雨で展望が優れないぶん、苔むした森の中は神聖な光景だった。一時間と少しで多加屯山2795mに着く。展望はまったくなかった。ここまでは笹の猛攻が続く。両脇から笹が覆いかぶさっている道で、チクチクするし、暑くて短パンになっていると下半身がびしょ濡れになってしまった。

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下っては登り、ほどなくして雲稜山荘へと着く。時間は15:00、山ではここで行程を切り上げていい時間だが、当初の予定では南湖山荘までたどり着いておきたかった我々としては、出発が5時間遅れていたとしても、今日中にできる限り進んでおきたかった。小屋はいわゆる無人の小屋だがとても立派で、就寝スペースの他にキッチンがあり大変賑わっていた。女性のトレッカーにコーヒーを進められ、後ろ髪を惹かれる思いだったが、前へ進むことにした。夕暮れまであまり時間がないが、次の山小屋までコースタイムで3時間30分、進まなければいけない。

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山小屋から次のピークまでは500mアップ、しばらくは登りが続いた。気温も下がってきたので、立ち止まると寒い。最低限の装備で挑むファストパッキングスタイルだと動きながら体温を上げることを前提としているため、疲れて足取りが遅くなると辛い。これは結構リスキーなアクティビティのスタイルだなと思った。実は2日くらい前から咳が止まらず、体調が万全ではなかったのだ。本来なら坂道も駆け上がりたいところだったけれど、3日目まで体力を温存しておこうと慎重に進んだ。メンバーの一人、オカピーはアウターの中がびっしょり濡れてしまい、休むと凍えて寒そうだった。

それにしても見事な巨木の森だった。植生といい、雨の多さといい、苔むした感じや巨木、まるでここは屋久島だった。
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17:15、雨も弱くなってきた中、道をそれて台湾の百名山の一つである審馬陣山へと登る。あいにくと眺望はゼロだった。

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残念に思いながら目的地の山小屋まで下っていくと、雲が急に消え目指す南湖大山が姿を表したのだった。4人共歓喜の声を上げた。明日進む稜線もくっきりと見える。3:30に起きて、行けるかいけないかわからなくなって、それでも来ることができて、そしてここまで進むことができて、これはまるで今日諦めずに前を向き進み続けた我々へのシメのご褒美のような気がした。

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18:00、審馬陣小屋へ。小さなプレハブが2つ並んでいるだけのミニマルな小屋。予約していなかったので外でテントを張ることも考えたが、予想通り中には誰もいなかった。もうじき夕暮れなので、当然もう誰もこないと踏んで大きい目の小屋に泊まらせてもらうことにした。濡れた服を脱ぎ、マットを広げお湯を沸かし、極楽である。「予想していたより進めたね、明日どうしようか。天気はどうかな」アルファ米を食べながらそんなことを話し、一同満足感に浸っていた。

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19:00過ぎに外でライトが光る。まさかの登山者到着。いまさら外にテントを立てたくないね・・・とビクビクしていたら登山者は一人だったようで小さい方の小屋に入っていった。もう寝ようか、とライトを消そうとした20:00頃。今度は複数の声が外から聞こえてきた、まさかのグループ到着。きっと追い越した人たちに違いないけれど、暗闇の雨の中、大きな荷物を背負って2時間も歩いてきたことになる。台湾人のメンタルの強さにびっくりしたけれど、さて、問題は小屋のスペースだ。ガラガラガラ!と扉は開かれ人数をカウントされた。どうやら小さい小屋には入り切らない人数のようで、こっちに一人入れるか?と相談された。もちろんだよ、とスペースをあけて、やはりちょっとホッとした。さすが今から外で寝たくはなかった。

この後は誰も来ることがなく、移動二日目にして3:00に起床し動き続けて疲れ果てていた我々は深い眠りに落ちていった。

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台湾の山へ – 南湖大山ファストパッキング – Vol.01

「北アルプスに行くような感覚で、隣国の山を登りに行ってみないかい?」 そんな軽いノリで友人を誘って台湾の山に行くことにした。
今年は年初からベネズエラ、ハワイ、アラスカ、ニューヨーク、イエローストーンなどなど国内外問わずたくさんの場所に行った。街へのトリップもあれば、自然の中もあり、仕事もあれば遊びもあった。ただし、一年を通じて純粋に自分のためのアウトドアができていたかと言えば、それは疑わしいし、年始のベネズエラからご無沙汰なような気がした。こんなに色々行っておきながら更に?、何を今更、とか思われそうだけれど、贅沢ながら自分のためのエクスペディションがしたい、仕事ではないプライベートなアウトドアがしたい、と切に願った。そしてそれは何らかチャレンジ的要素を含みたいとも思った。そうはいっても時間があまりないので、海外、それも近い台湾の山へファストパッキングスタイルで行こうときめた。

台湾は、今年の仕事で企画をご一緒したホーボージュンさんのリポートにもあるように、「日本には標高3,000mを超える高山が全部で21座ある。ところが台湾には3,000m峰がなんと144座もあるのだ……! さらにピークの数でいうとその数は200座以上に及ぶ。九州とほぼ同面積の小さな国土に、日本の10倍もの高山がひしめいているのである。」という山岳大国なのだ。10倍というのは3,000m峰の数であって、日本の山の規模の10倍というわけではないのだけれど、この隣国の山に行きたいと思って数年。ようやくチャンスが訪れたのであった。

メンバーはカッセや真也という変わらないいつものメンツ。その他にも声を色々かけてみたけれど、乗ってきたのがオカピーこと岡村さんだった。「実はファストパッキングで行きたいんだけど・・・」もしかしたら皆は大型パックを背負ってのんびりと歩きたいのかもしれないので、ここが超えるべき最初のハードルだった。自分勝手な理由として旅にチャレンジ的要素を含みたいからであった。他の人がブログに上げているような、2泊や3泊で南湖大山往復なんてチョロすぎて退屈すぎるのじゃないか、と。旅にエッセンスと刺激を含みたいし、行くからには、やるからには、他の人と違うスタイルがしたかった。たいした反対もなく、このわがままスタイルに付き合ってくれることとなった友には感謝している。

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中華航空の台湾往復は32,000円だった。チケットを取り、ネットで情報収集して、60Lのダッフルに適当に荷物を放ると、平日の始発電車に乗った。8:20成田発の飛行機は30分遅れて出発し、13:00頃台北へと着く。空港で両替して125元(400円)のバスで台北メインステーションへ。ここから徒歩5分の「台北山水」というアウトドアショップで200元で『北一段』という今回のエリアの地図や、フリーズドライ(80元、240円)とガス缶などを買った。かなりいい品揃えで、円高のせいか日本より若干安かった。

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路地でラーメンを食べ、地下鉄に乗って友人との待ち合わせポイントへ。
昔の同僚で友人のハチベイが実は今台湾に暮らしていて、なんと車でベースとなるイーランまで送ってくれるという。無事に合流でき、車で1時間のイーランへ。昔話に花が咲き、楽しい時間だった。

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Booking.comでロケーションがいいと予約したこのイーラン(宜蘭)の宿だが、着いてわかるのだがイーランではなくルードン(羅東)というイーランより5kmほど南部の街だった。でもかなり栄えている街で、不憫することはなかった。宿に荷物を入れたのが18:00、パッキングをすませ情報収集にとバスターミナルへと向かった。ここからトレイルヘッドのある「勝光」までは80km、梨水と呼ばれる街へ向かうバスで行くことができる。しかしそれは朝の7:00発、3時間かかるという。日の出が5:40なので約4時間ほど太陽時間を失ってしまう。それならと、3:30に宿に迎えに来てくれるタクシーを探すことにした。そして幸い見つかった。

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夜は余市に繰り出し、ラーメンを食べたのだが、店のテレビがずっと天気予報をやっている。明日からはずっと雨で、行くエリアの降水量もすごそうで、暴風雨的なことも書かれている。一同不安になりつつも、まあ行ってみないとわからないよね。と前向きに(?)捉え、セブンイレブンでパンや水、翌日の朝食と昼食を買い込みホテルへと戻り寝に着いた。

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まさか行けなくなるとは、この時点では知る由もなかった。

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座間味へ

想い出は旅によって形成されるもの。少なくとも自分の場合においては。
そして、この数年を思い返すと、よくも沢山息子や家族と旅をしている。息子のハルと一緒に石垣島や与那国に小笠原、四国に九州、北陸に富士山や白山など、たくさんの場所に行った。いい思い出だなあ、と勝手に余韻のようなものに浸ってみると、この夏どこも行ってないじゃないか、となるわけだ(粟島には行ったけど、もっと遠いどこかに行けてない)。
やっぱり夏なんだから二人旅をしよう。いよいよ海外へ、と思い。自分が行きたいのはミャンマー、台湾、えーとそれから・・・・と色々考えた。その場所に一緒に行っている我々を想像し、イメージしてみると、はてあまり楽しく感じない。結局那覇行きの航空券を買ってしまった。沖縄はこれまで彼と3回行ったけど、いずれもものすごく楽しかったのだ。遠くの海外より沖縄の方がよっぽど良いと思うことが何度もある。それは遠くのパウダーよりも北海道、に通じるところがあるのだが(余談)。

行き先は4年くらい前に、台風によって全て予約していたのに渡れなかった慶良間諸島。
調べると阿嘉島、座間味島、渡嘉敷島とあるのだけれど、素朴そうで、でもそれなりに便利そうで、かつキャンプ場がある座間味が良さそうで、まずは座間味に行こうと思った。その後は行ってみて臨機応変だ。

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那覇からとまりんへ。ちょうど9月になってしまい、船が一便減ってしまっていて、時間が空いた。那覇まで行けば船はあるかなと、適当に無計画で飛行機をとったのが悪いんだけど、今回は無計画というのと、できるだけ昔のように身の丈にあった旅をする、というのもテーマ。第一牧志公設市場へと向かった。ハルは肉売り場のブタのフルフェイスに興味津々。豚足も触りまくり。自分は魚をよく観察し、明日から魚を捕った場合、どれが食べられるかをリサーチする。二階でフーチャンプルとそばを食べた。「沖縄の言葉は違うんだよ〜、これはポークといって…沖縄のラーメンはそばというんだ…野菜炒めはチャンプルでね」と得意気に説明すると、「じゃあ、ご飯は?」「お茶は?」とすぐに質問が返ってくる。
沖縄はほんと「アジア」で旅していて愉快だなぁと路地を見ながら思う。

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さて、時間も潰れて腹もふくれ、オリオンビールもしっかり飲めたので、とまりんに戻り16:00の高速船に乗った。途中船は阿嘉島を経由し1時間程度で座間味へ。そこからバスで阿真ビーチへ向かうとすっかり夕方だった。テントを張って夕暮れの海に入る。時間的に透明度はあまり良くなかったけれど、暖かく気持ちよかった。買い出しに行こうと思ってたのだが、もう19:00くらいになってしまったし、酒がないのだけが悔やまれたが今日は持参したラーメンを食べることとし、そのまま就寝。

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6:00 激しい蝉の声で目がさめる。(毎日このサイクルとなった)阿真の集落を探索して、朝食のパンとコーヒーを飲んで海へ入る。朝のためか透明度が素晴らしい。のんびりしてから自転車を借りて港と村一番の集落に行き情報収集。商店の品揃えは申し分なかった。コンパクトにギュッと。そこで買ったポテチとビールを海を眺めながら飲んで、坂を上がって古座間味ビーチへ。

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正直あまり期待していなかったんだけれど、海の中がすごかった。まるでボートダイブのような見事なサンゴ礁と魚達。
ハルは上手にシュノーケルできていた。
3時頃まで遊んで、帰りにかき氷を食べて買い出しをして、キャンプ場へと戻る。現地で買った銛をもって海に入り、3匹ほど魚を突いて今日の夕食に。なかなか美味だった。ハルを連れて魚を突きに行っているので緊張感もあり、かつ現地の600円くらいの銛だから、やはりうまくつけない。でも二人で食べるには十分だね〜。
帰り際に見事なウミガメを見た。

3日目。朝から目の前のビーチでシュノーケリング、朝は透明度が高い。そしてウミガメに会えた。

Kerama_Blue.__________________

Trail_to_the_beach

阿嘉島へと渡る。
自転車を借りてニシハマビーチへ。ここなぜか北浜って漢字だと書くんだよね。
座間味よりさらに空いていて、高台からみる海はどこまでもきれいだった。

Arrived_at_Akajima__kidstrip__kidscamp__haltrip2016__kerama___zamami__amabeach

たっぷり遊んだら、かき氷を食べて、ローカル船で帰って、ビールと食材の買い出しをして、夕方は亀と泳いで、そのまま銛で魚突いて食べる。ああ、シンプルなルーティン島ライフ。ずっと日差しを浴びて、泳いでいるせいかハルと一緒に9時に寝てしまう・・・・

4日目。移動しようかなとも思ったけれど、結局座間味のまま。朝は亀とのランデブー、その後高台まで軽くハイキング。
かき氷食べて、ビール飲んで、夕日見て、一日が終わる。ああ、豊かだ。夜は流れ星を二人でビーチに眺めに行ったんだけれど、二人とも10分で寝てしまい、あまり星は見えなかった。すごい星空だったけれど。

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5日目。
朝から雨。でもずっと降っているわけでもなく、やんだり降ったり。フェリーに電話すると、明日はスローボートは出るが、高速船は高波で出ないかもしれないとのこと。もう一日いたかったけれど、本島に帰りますかね。
朝は最後の亀との遊泳を楽しんだ。

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リピートしたかった古座間味ビーチの見事なサンゴ礁のスノーケリングをしに行って、
濡れたものを急いで片付けて15:00のフェリーに乗った。

身の丈的なのがテーマなので、那覇ではユースホステルに泊まった。ずっと300円のキャンプ場に泊まっていたのに、那覇でいきなりきれいで豪華な場所に泊まると、これまでの非日常体験がリセットされてしまうのではと思ったのだ。

やっぱり那覇でもかき氷を食べて、オリオンを飲んで寝た。

最後の日は雨の沖縄だから、宿でのんびりとも思ったけれど、首里城まで遊びに行った。

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そして我々の今年の夏の冒険が終わった。最高だった。
「サイコーだね、来てよかったねえ〜」と亀を見た後に心から喜んでいたハルの言葉が耳に残った(オヤバカ)

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Summer 2016

年が明けたらあっという間に夏だった。
1月にベネズエラから帰ってきて、2月にはニセコへ。2月末から3月頭がハワイ。4月には仕事で阿蘇へ。5月にアラスカに行き、6月にNY、7月にはイエローストーン。ブーンブンブン、そんな感じで月日が過ぎた。

夏に書きかけたこのブログポストも、すっかり放置され気がつくと10月。
まずは8月の新潟は粟島のことを。

ムスコのハルと、カッセファミリー、真也ファミリー、Qちゃんファミリー、寺、郷さん、というメンツ。
一昨年は石井くんと寺の3名だったのに、去年からファミリーキャンプっぽくなってきて、今年はさらに子ども連れが・・・まあ、必然の流れなのだろうか?

椎名誠の『あやしい探検隊』の島。ずーっとまえからずーっと興味があって、いつかいつかと思っていたので、今回は伊豆七島のフェリーが満席だったという、ただそれだけの理由なのだが、ようやく上陸できて満足であった。

島では相変わらずの自給自足生活。
といっても人数が多いので、焼きそばやラーメンや、ウインナーとか、みんな好き勝手なものを買って食っている。なんかこの混沌とした、だれも何かを制限するわけでもない、自由な感じがとてもいい。一日のタイムスケジュールも寝る時間も起きる時間も決まっているわけでもなく、それはそれは好き勝手やっている。

期待していた大物は採れなかったけれど、大きな石鯛や、三宅島よりもたくさんの種類の魚が採れて大満足だった。水はそこまで冷たくなく、ただ、日本海なのでやっぱり三宅島のような南国感や無条件の気持ちよさはないものだなー、と感じたとこだった。一緒に行ってくれた皆んなに感謝!

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Flint, Michigan

1992年。この街に暮らし、高校に通った。今でもホームステイ先の番地をスラスラということができる。
その後2回訪れたけれど、最後に行った時から20年の月日がたっていた。
なぜ、再訪するまでそんなにかかってしまったんだろう。

大人になった自分は、今回は迎えを頼まず、早朝のNYCから飛行機でデトロイトへ向かうとでレンタカーを借り、高速を北上した。REIに寄って、Best Guyという東部の有名ハンバーガーチェーンで昼食を取り、14:00 Kearsley High Schoolへと着く。途中の道はなんとなく覚えていた。ただし、ブロックバスタービデオや、お腹が空いてよく行った25セントのホットドッグ屋さん、いろいろなお店が消滅していた。

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学校は全くといっていいほど変わることがなかった。
無断で校舎に入ってみる。これまた当時のままだった。覚えているのは歴史の先生だけ。美術のクラスの生徒や体育の生徒、数学や歴史の授業の記憶もおぼろげながら蘇ってくる。24年たって、記憶に残っている、いないの分岐点は一体どこにあるのだろうか。少なくとも、高校2年のこの記憶は1年や3年の日本で過ごした記憶よりインパクトがあり、メモラブルである。あの時こんな経験をしなかったら、もちろん今の自分はいないと思うし、そんなインパクトで記憶に残る時間を送り続けなければいけない。

もう24年も経っているのに、まるで昨日のようで儚い気持ちになった。ああしておけばよかったな、もっとあれをすればよかったな、そんな感情が湧いてくる。もちろん、ベストは尽くしていたのかもしれない。ただ、何十年経っても後悔をすることがないように、今この瞬間も精一杯生きるべきなのだ

過去に生きてはならない、今を生きなければならない。ただ過去はいろいろなことを思い出させて教えてくれるし、それは捨ててはならないもの。過去を定期的に、そして真剣に振り返ることは大事だと思った。思い出せない記憶の層がミルフィーユのように幾十にも重なっていて。それはふとしたきっかけで取り出される。今日この瞬間のように。そして、いい思い出って、時間が経ってもずっとどこかに残ってるんだなあ、と。ミシガンで過ごしたあの時間は間違いなくいい時間だったのだ。

ミシガンのお家へと帰る。お母さんに会うと、なんだかとても照れくさかった。ナンシー ・ マッケンジー, 両親も兄弟も耳が聞こえず、このお母さんだけが家族で唯一耳が聞こえた。どんな幼少期だったんだろうか。手話の通訳のような仕事をしていて63歳となった今は週3日のパートタイムになったようだ。反抗期のホストシスターや、愉快なホストファザーもいたけれど、このホストマザーの優しさこそが全てだった。宿題を毎日手伝ってくれて、週末は連れだしてくれて、平日もバレーボールによく付いて行った。別れるときは大泣き。もう二度と会えないように彼女は思ったんだろうけれど、若い自分は時間の感覚が違ったので、いつでもこの生活は戻ってくると思っていた。今では通り過ぎていく、一瞬だけしか存在しない時間について、理解することができるようになってきたと思う。今は今しかない。

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姉のクリスティーはミネソタに住んでいて、妹のケリーは近所だったので旦那さんと子供二人と来てくれた。そして我々は夕食に行き、想い出話に花を咲かせた。ものすごい量のミールを食べ、NYとの物価の違いに驚いた。早い夕食だったのもあるけれど、夏至が近くて日が長く、家に戻ってもあたりは明るかった。

自分が住んでいた部屋はパソコンルームとなり、バスルームは改築されていた。庭のプールは子どもたちがいなくなったのでなくなり、当時とは別の犬が住んでいた。芝生は綺麗に刈られ、大きな木は病気で倒されていた。裏庭の森から学校へと続いていた道は、周囲に子どもがいなくなったためか木が密集してしまいなくなっていた。枝をかきわけ木々をくぐり、強引に学校まで行ってみた。当時より近く感じられるのは、距離に関する捉え方の変化であろう。グランドでは少年野球が行われ、家族が観戦しに来ていた。もしかしたらこの親と同級生だったかもしれないな。そんなことを思った。

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慌ただしいけれど、20:00前に出ることにした。空港までは100km以上、明日のフライトは6:00なので3:00起きの予定だった。皆んなとハグして、本当かどうかわからないなと思いながら「また来るよ」と言った。それがいつになるのかはわからない。20年後なのか、10年後なのか。それでも、またいつか来たいと思う。

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帰りに違う道を通ると、右手に大きなスーパー、左手にコートヤードモールというかつて見慣れた光景が目に入った。これこそあの時沢山通ったモールだった。思わず車を止めて中に入る。当時GUESSなどの人気ブランドが入っていたモールは現在ではほとんどのテナントが閉まって閑古鳥が鳴いていた。駐車場のアスファルトもヒビだらけだ。当時7-8軒あったというGMの工場はいまは1軒だけ。自動車産業ともに確実に衰退していっている街の様子をそのまま表していた。これまでアメリカの有名都市ばかり旅してきた。田舎にはこんな街が五万とあって、そこに住む人々がいるのだろうな。

グッバイミシガン、また来る日まで。

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