過去に戻るか否か

ドラえもんのポケットから出てくる道具の中で、今の記憶そのまま過去に戻れるという道具があった。はるか昔に読んだ漫画なのに、そのシーンが強烈で、いつもその道具を使って、戻るならどこに戻ろう、と時に夢想する人生だったような気がする。

小学校の時なのか、高校なのか、はたまた大学か。何れにしても、その道具で過去に戻れるのはすごくステキだし、そんな反則技をできるならいつかしてみたいなあと本気で思っていた。

最近、会社の帰り道に、ふと同じようなことを想像したのです。いつに戻る?って。
で、思ったのだ。もう戻らなくてもいいのかも、と。

息子くんは、嫁はんと、あのタイミングでしか生まれ得ないわけで。違う人はもってのほか、同じ人でも日にちが違っていたらきっと違う彼。だから、過去に戻ると今の人と知り合う可能性はかなり低いわけだし、かといって奇跡的に巡りあったとしても、彼が彼として生まれる可能性は殆ど無い。

だから、もちろん想像、妄想の世界だけど、過去に戻る必要性はもうなくなったのかもなあ、とふと思った冬の夜であった。

早朝ラン @ 丹沢

彼は朝めし前に走るらしい。それも20kmとか25kmとか。
朝が弱い俺には、いつまでたってもできそうにないけど、ちょっとだけ見習ってみて、シンヤ、カッセ、ヒロキと丹沢を10km程度ランニング。

頂上からは富士山。
ここは街だなあ〜

彼が言うように、すっきりとした胃に朝食がおいしい。
昨日食したイノシシもシカも、アルコールもすっとした。またみんなで走ろうね。

おまけの動画(Hiroki作)

芝川へ

夜の八時半に自宅を出た。
明日も朝から仕事だというのに、高速で西へ。沼津から富士は火事で通行止めだったので、なんてこったいと思いながら御殿場で降りる。マックに寄って、ドライブスルーのポテトとバーガーを食べながら十里木の曲がりくねった道を走る。サファリパークを超えて、道は富士宮市へ。大石寺、自分が暮らしていた下条を過ぎ、芝川へと下る。

到着は23:00を回っていたけど、車の中でぐるぐると当時の事に思いを巡らした。静岡に暮らした3年間は、本当にいろんなことがあったなあと。美談だけなわけもなく、いいこともあれば悪いことも、いやなこともたくさんあった。すべてを飲み込み、今こうして仲間の元へと向かっているんだなあと。

富士山の麓に家を買った仲間。沖縄から帰ってきた仲間。新潟に住んでいる仲間。そしてもうじき富士を離れる仲間たちと、夜中の3時まで、囲炉裏を囲んで語り合った。

寝袋でみんなが寝付いた後に外に出る。キンキンに冷えた空気の中に、一面の星空!これを毎日見てたんだよなあと思うと、当時の生活が懐かしいし、ほんの少しだけ時間を戻したくなった。

東へと暗闇の中を向かうと、車からも大きな富士山のシルエットが見えた。
5:00、現実世界へと帰還し、一時間だけ仮眠する。
さあ、またこっちの世界だ。

苗場トレ

週末は苗場へ。
おまけ付きだけどね。

パウダーじゃなくて、新潟の重い雪だったけど、コースバリエーションは豊富で雪のコンディション、凹凸も種類いっぱい。こういうとこでトレーニングしないと上手くならないなあ、としみじみ。パウダー的なところじゃなくって、シーズン序盤は苗場みたいな所でトレーニングしなくっちゃなあ。

生きることは雑用なり

昔の職場で、くどいほど雑用大事主義って言われ続けて、めんどくせーな、やんなっちゃうよ・・・と思っていたんだけど、リアルに最近そのことを思い出す。というよりは噛み締める、こういう事だったのかと。

12月から共働きを初めて、自分も家事を担当できるようになったから、それがとても嬉しくもあり、でもやっぱり大変でもある近頃です。

最近の生活はこんな感じ。
6:00- 6:30 起床
6:30- 自分のご飯を食べながら、ムスコにご飯を食べさせる。ミルクを上げ、着替え
7:25 ムスコお見送り
その後平日二回は洗濯と干し

8:00前に出勤へ
19:00過ぎに帰宅して、そのまま彼とお風呂に入る
上がったら、自分のご飯を食べながら、彼のご飯を食べさせて、寝かしつける。そして簡単な片付け、整理整頓、収納、たまに服畳み、たまに食器洗い。

22:00くらいからようやくMy time!
ここまで時間が吹っ飛んでいる感じ。時折、俺の一生が家事と育児で終わってしまう、うがーーー!と叫びたくなる。もちろん、嫁さんも同じ事を感じているかもしれないのだけれど。

けなされながら、ダメな人間モードを選んだほうが、よっぽど楽だったかもなあと思いつつ、でもいろんなことをちゃんとやるって決めたし、かつ自分自身のこともしっかりがんばろうと欲張りにも思う。

そんな日常、日々雑用。

滑って温泉、また滑る。それが東北スノートリップ

東北トリップに行ってきた。
今回のメインは秋田!

22:00にカッセと川崎を出発したのだけど、まあ遠い。東北道を行けども行けども日本地図で見るとかなり下。あれ、東北ってこんなに遠かったっけ?
那須塩原ですでにお疲れモード。仙台を超えたあたりで二人共ぐったりして、仮眠することに。
うっすらと空が明ける頃、再スタートをきり、盛岡ICからは下道で西へ、秋田へと入る。

なんとかリフト始発から30分後に田沢湖スキー場。これで3年連続3回目。ここでシンヤ、メグピー、ミサコちゃん、ムラさん、そして午後からは亀ちゃんとその旦那さんと合流。
リフト下、リフト脇、ちょっと斜度は少ないけれど、無垢なパウダーバーンを雄叫びをあげながらいただく。

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あらかた食べつくしたと思ったところ、午後からのシンシンと降る雪が次々と斜面をリセットしてくれて、午後のほうが楽しいくらい。いきなり満足です。
明日も田沢湖だなー、と思いながら水沢温泉へ。
公共的なつくりだったけど、露天の水深が深いのが面白いし、お湯はもちろん最高!

お風呂で明日も田沢湖だね〜と話していると、ムラさんから「田沢湖はもういいよ」という衝撃発言。更に奥地の森吉山の麓に向うことに。

田沢湖駅前の「みちのく」で定食食べて、いざ雪の中を北上。

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宿泊地はマタギの里の道の駅。雪はひたすら降っていた。なんだか奥地まで来たな〜という感じ。しかもここがあのマタギの里だなんて、不思議だよ。

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Day2

寝袋から出て、コーヒーを沸かし、のんびりと出発。
阿仁スキー場というゴンドラがあるようなスキー場がこんな奥地にもあるのだけど、誰が来るのだろう・・と思ってしまうロケーション。ということでガラ空き。
隣の森吉スキー場も潰れてしまったらしいし、ここもいつかは・・・なのかなと思ってしまう。

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今日もパウダー。ただ、斜度が無いのでボード的にはいまいちかな。あまりに寒くて、モチが上がらん・・・林間を滑ったり、パウダーゾーンを開拓したりして5時間券で13:00過ぎに切り上げ、阿仁合の駅の中でお昼。
すると列車がやってきた。いやー絵になるなあ〜

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みんなのマルイでお買い物は滑りモードからすでに旅モードへと変更。こりゃースノートリップじゃなくてみちのくの旅だね。最高!

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急遽湯治宿をとり、後生掛温泉に泊まることに。

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お湯はそこまで好みでもなく、お風呂自体も思ったより小さめだったけど、アミューズメント的に楽しいね。そして湯治棟最高!酸ヶ湯のように自炊ですよ。

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それにしても部屋が地熱でサウナのように熱く、寝苦しくて起きること数回。下からの熱を遮断するためにキャンプマットを引いて、窓を開けはなって寝た。

Day3
朝起きると、久しぶりの晴れ!

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今日のスキー場、秋田八幡平はこんなコースなので↓

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実は期待していないのだが、リフト始発を目指して走ってしまうのは習性か?

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でも心配はまったくいらないようで。
スキー場はガラーン。あれ、リフト動いていますけど、車は3、4台・・・大丈夫だろうか。

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朝はマイナス8℃、圧雪してあるが雪は非常に良い。圧雪バーンも気持ち良いし、ゲレンデ脇の森も雪がサラッサラ。きもちええ・・・ここも5時間券で13:30まで楽しみました。

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東北道で南下して、秋田から盛岡は北上へ。今宵はメグ家に泊まって大宴会。
酔って悪ノリしました。

Day 4

網張温泉に行こうと最初は思っていたのだけど、2時間の北上は厳しいなあ・・・宮城に南下しようと考えていた矢先、ムラさんが鉛温泉に行くという案をだし、みんなで乗っかることに。
花巻市の鉛温泉スキー場は、メグ家から30分。なのにメグピー行ったことないって・・・なるほど。市営のスキー場。雪はあまりないらしく、ヤブとかちょっと出ている。

それにしても、安い!14:00までの午前券が1,500円。そして朝一はまさしく無人。
リフトはロマンスが2つだけど、意外とコース取りが良くって、気持よく滑れた。なんせ、独占貸切だし、こんなの初体験。
沢山の降雪があった翌日とか、じつはやばいのでは。

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昼過ぎまで滑って、大沢温泉へ。
ここも湯治部がある古い温泉。川沿いの露天風呂がかなり気持ち良い。お湯は透明だが、すべすべと肌にまとわりつき、好みの湯だ。
10円コンロや自炊用の充実した売店もステキ。いつか泊まりにきたいなあ〜。

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15:00には花巻I.C.に乗り、まるで目指す頂きに立った後の下山道のように、脇目もふらず南下する。

21:30には川崎に我が家着。行きは遠いけど、帰りはなんだか近い東北。
素晴らしき仲間との、素晴らしい旅だった。また行こう。

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おまけ、岩手のPAで見かけたポスター。

今年も東北へ

明日の夜からスノートリップ。
たざわ湖、秋田八幡平、森吉あたりが候補地です。車中泊&念のためBC道具を持ったので、なんだこの荷物・・・・

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昨年もそんなもんだったけどさ。

抱負というか自分への教訓というか

1.
迷っている時間がもったいない。失敗しても、早く決断せよ

2.
流れに身を任せるのはほどほどに。自分の望むところへ選択せよ

3.
人生を悩むのは永遠と続くカルマであるから、まずは今のことを一生懸命やろう

と、新年に思ったのであった。

それと
子どもの成長矢のごとしと最近本当に感じるので、その瞬間をとくと見つめ、たっぷりと共に楽しもうと思う。あと今年は家族/仕事/自分を三本の柱として、どれもがんばってみる。

ひとまず明日から仕事が始まる。

2011年を振り返る

2012年になってしまった・・・

ぐずった子どもを寝かしつけに行ったら、そのまま自分も寝てしまい、いつの間にか年が明けていた。言い訳だらけの2011年を象徴するような出来事だった。

さて、2011年の年内中にまとめようと思ったことを、こうして2012年の新年早々書いている。現在1:30だけど、寝るまではまだ2011年ということにしよう。

こうやってその年を振り返ったり、年末の挨拶や新年の抱負など、年というものの区切りを大切にするのは日本ならではなのだろうか、とちょっと不思議に思った。年末年始の休みも多いし、必然的に皆が一年をまとめ、新しい一年になにかをかけるのだけれど、それはとてもいい風習だと思う。時間を大切にしていけるという意味でも。

さて、2011年。35歳、すべてが変わってしまった一年だったと思う。そして前の状態には二度と戻れない。

2011年をまだ、今年と思って書いてみる(笑)
まず、嬉しいことに子どもが生まれた。昔から子どもが大好きだったのだけど、自分の子どもは想像以上にかわいく、日々デレデレしている。こんなにかわいいとは思わなかった。意味もなく、幸せだなあと思う日常はなかなかいいものだ。

独りだった時の自分はもうどこにもいなく、一人の時の感覚をもう思い出せない。独りの時の自分とはまったく異なる自分に変化してしまったみたいで、不思議なんだけど、なんとなくもったいなくもあり。この変化に戸惑い続けた一年だったように思う。

そして子どもがいることが、こんなに大変な事だったという事も初めて体感し・・・すべての親を尊敬した。
物事の全ては当然のごとく、子どもが優先となり、それにかこつけて、たとえ自分が怠けた時でも、子どものためだから仕方ないかと思ってしまうというダメな自分の側面もあった。これは来年改善すべきこと。

もう一つ、全てを変えてしまったのが大震災と福島の原発。
自分が生きていた中で、想像できない出来事だった。悲しくて悲しくて、ことあるごとに涙した一年というのも、初めてのことだったと思う。決して忘れられない出来事だし、来年も被災地には足を運びたいと思っている。しっかりと自分の目で見続けたいと思う。

そして原発の事故。
これまで、少なくとも有機農業や地産地消や、そのような生き方暮らし方を尊敬し、できる事をしようと思って暮らしていた身としては、この原発によってすべてが変えられてしまった。
小さい子どももいるので、とにかく汚染されたものが気になる。有機だとか環境に良いという視点よりも、どれだけ原発からの距離があるか、放射能に汚染されているリスクが低いかという視点でものを選ばなくてはいけなくなり、10年以上大切にしてきたことが、崩壊してしまった感がある。これは来年も続くのだろうと思うとつらいなあ。

この二点がやはり自分の中では2011年を象徴していたし、自分の根底を覆して変えてしまったという点でも遥かにおおきな出来事だった。

2012年のことは、また新年しばらく考えてから書きたいと思うけど・・・
ただ、やろうやろう思ってやらないことが多い2011年だったと思う。この年末に振り返ろうと思っていたことやこのブログのポストですらそう。
なので、有言実行ではないのだけど、自分の中でやろうと思ったことに関しては、後にずらさないで、言い訳しないでやっていこうと誓った。
もっとしっかりと、丁寧に、時間を日々大切にして生きていこうと思う。

ありがとう2011年!おやすみなさい

初滑り

今シーズンの初滑りは湯沢中里スキー場で大人数。
予想外のパウダーでした。

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今シーズンもみんなに良いスノーがありますように。

第三回武田の杜トレイルランニングレース

ブログの更新がまったくもって滞ってしまう今日この頃。
これはコタツ効果なのではなかろうか・・・

さて、もうだいぶ前になるが、武田の杜のトレイルランレースに出たのでメモ。
信越の時に、距離が長いからどうしても先を考えてセーブして走らなくてはいけなくて、セーブしなかったらどうやって走れるんだろう、と思ってノリでエントリーしたのがきっかけ。しかし、言い訳になるけど喘息やら肺炎やらであれ以来走れたのは3回ほどで、今回も一週間前に風邪を発症。のどは痛くて、咳は止まらず、タンを吐きながらのランだった。まあ、すべては実力不足のいいわけだけど、来年出られたらその時こそ喘息で走りたいなあ〜。

前夜、道の駅で月食を見ながら車中泊。4:30に起きて、パスタを作ってスタート地へ向かう。
ウェアはパタのライトウェイトに、下はC3Fitタイツ&のびのび手袋。ザックは無しで水も無し、asicsの小さいウェストにジェルだけ。これは正解だったと思う。スタートは8:00。余裕をこいて最後尾からのんびりと走り始めたら渋滞の予感。ちょっとペースを上げたけど、トレイル入ってすぐのシングルトラックで、つまってストップ。先生、渋滞ゼロって言ってたのに〜。

平らになったり下りになると解消されたけど、登りでつまる。まあ、前半はゆっくりと思っていたからいいんだけど、自分のペースで走れないのは嫌だね。でもって下りが長くなるとなれていないのか、必ず遅い人が10人以上の列を作り出している。がんばって抜いても、その先にまた10人くらいの団子が・・・最初の10kmくらいはこんな調子が続いた。中盤からやっとペースを上げることができた。
一人で大転倒したり、足がつりそうになったりで、ようやく22kmで武田の杜にイン。ここまでちょっと飛ばしすぎたのか、下りで両足が完全につって、一歩も歩けなくなり、トレイルにうずくまる、まるででくの坊みたいになってしまった。いやー、こんなつり方は初体験。これはリタイヤでは・・・と思うようなつり方だったけど、5分くらいでようやくちょっと復活。でも負荷をかけるとすぐにつりそうになったので、もうゆっくりゆっくり。
結局3:46分でゴール。まあ、上出来だと思う。

それにしても試走の時よりさらに落ち葉ふかふかで気持ちがよかったので、来年はちゃんと体調を整えて来よう。

皆既月食

深夜の高速道路を西へとひた走りながら、PAで止まっては空を眺めた。
なんだかそれは不思議で楽しいひと時だった。
人生初の皆既月食。我々がここに生きていること、それがただただ不思議。

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陸前高田へ

今回のバスはレーベン号といって、茨城の中古車会社さんがバスを提供している。震災からほどなくして、バスを出し始め、それが今では二台となり、毎週金曜日に東京と茨城発、土曜日作業、日曜日朝に戻る、というのを続けている。

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行った先は岩手の陸前高田だった。震災後初の岩手である。
23:30に東京を出発して、町に入ったのは8:00頃だろうか。前回の南三陸市街地と比べると、とても片付いているなという印象。建物だった部分にはほぼ、コンクリートの基礎だけが残り、瓦礫などは一か所に積み上げられて、いたるところで重機が動いている。
しかし積み上げられている瓦礫の高さが半端ない。ビル3階分など平気であるのではないだろうか。

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ボランティアセンターで団体で手続きして、今日の作業は気仙町の瓦礫撤去になった。田畑みたいな地形なのだが、人が生活されていた場所でいたるところに散乱している自然物以外のものを片付けるという作業。
水路に入った瓦、砕け散った基礎、トタンの屋根やお茶碗に鍋。この家のモノだけではないのだろうけど、いたるところからあらゆるものが出てくる出てくる。
実際に作業をした時間は午前2時間、午後2時間。移動時間と比べるとあまりにも少ない。ただ、40人もの人間が集まると機動力はすごくある。
本当にたくさんの瓦礫が集まった。

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正直、この作業が今後どのように活きていくのかは今はわからない。
この土地がどのように活用されるかによるだろうし、ここに住んでいた人が、この状態を見て満足してくれるのか、はたまた住んでいた人はもういないのか、わからないからだ。もしかしたら重機でガツンと土を盛ってしまった方が早いのかもしれない。

ただ、今日ここにいた皆にとって、この場所で作業をしている行為が無駄ではないよなと思う。自己中心的な考え方かもしれないけれど。
本当にいろいろな想いの人がいる。それだけはたくさん感じた。感じることができて、本当に良かったと思う。

大船渡に親戚がいたという少年が参加していて、小学生なのにすごくがんばって働いていた。夜に話すとその親戚は津波にて亡くなってしまったという。「津波で死んじゃった」とぽろっと普通に言うのだけど、こう言えるようになるまで、普通じゃない時があったのだろうなあと、勝手に想像してしまう。

あれから、8ヶ月。8ヶ月もたって、まだボランティアの手を使っての瓦礫撤去なのかと思うと、先の長い行程に住民の方は途方に暮れてしまうよなと思う。今日作業したところの上の田んぼはこのような ↓ 状況だった。まだ車が埋まっているんだよ。

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作業を終えた後は、気仙沼に行ってお風呂に入って、プレオープンしたばかりの復興屋台市場というところに行った。

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餃子とビールを飲んだのだが、店のおばさんはずっと仮設にいたらしく、「はたらくっていいなあ、体を動かすのっていいなあ」としみじみと言っていた。

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気仙沼の港では、まだいろいろなものが海の中に沈んでいた。

再びバスは東京へ。日曜の朝4:30、東京駅へと着く。
終電を逃したのか、はたまた今まで飲み続けていたのか、だれもがぐったりと寝ている始発の電車に乗って家路に着いた。それは東北とはかけ離れた、日常の平和な光景だった。

また行こうと思う。
今回東北に行く機会を作ってくれた、このバスを企画運営している人々に感謝したい。

地震メモ Day 260

先週末、久しぶりに東北へと向かった。震災から250日以上、実に8ヶ月が経過していた。
最後にボランティアに行ったのは6月。ずいぶんと間が空いてしまった。いろいろな事情があったのだが、ほぼ4日夜に渡って家を空けるスタイルのボランティアが難しかったというのが一番かも知れない。
今回は2泊3日、それも車中に二泊という強行プランだった。

東北の人のために何かしたい、役に立ちたい、というボランティア本来の目的とは違って、今回は完全に自己満足のための東北行きだったと思う。すべてを変えてしまったあの津波を過去のものとして、何も考えずに忘れて過ごすのが嫌だった。今もなお、苦しい思いをしている人たちがきっといる。

俺、忘れていないよ。ちゃんと覚えているよと、自分自身に言い聞かせたかったのだと思う。

糸井さんが、ほぼ日でこんなことを言っていた。

「震災以後、いろんなひとたちに話を聞くと、
どこの被災地のひとたちも、
「忘れられてしまう」ということを
いちばん怖がっていると感じました。
そして、被災地以外のひとたちは
「忘れてしまう」ということを
ものすごく恐れているんです。」

そうなのだ。あの出来事を忘れて過ごしてしまうことを、きっと恐れたのだと思う。

バスは日比谷公園を出発して、深夜の東北道を北へ北へと走った。

武田の杜

甲府の武田の杜のトレイルランニングコースを試走してきた。
今年は紅葉が遅いのか、まさに今が真っ盛り。

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前半は1時間以上、かなりの登り基調で非常に疲れる。体調を壊してからの初めてのトレイルランなので、やはり体の調子が良くはない。すぐに心拍数があがり、170まであっという間。終止アラームがピーピーとなっている。ああ、おれの鍛えた心臓さんはどこか彼方へいってしまったのね。

コースは落ち葉でふかふかで、ほとんどがシングルトラック。左手には甲府市内と、その先に南アルプスで終止絶景。川あり、白い石灰石なような景色ありで本当に気持ちがいい。

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途中足をねんざしてしまったので、ここで無理は止めようと思い、22km地点で終了。いやー、でも本当にいいコースだった。

武田の杜


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